兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

第7回口頭弁論

[ 2011/08/08 07:34 ]
 第7回口頭弁論は2011年8月2日13時20分から神戸地裁
(角隆博裁判長)で行われました。
 厳しい暑さにもかかわらず、今回も全国各地から多くの方々が参集し、
傍聴席に入りきれず廊下で立っていた方もいらっしゃいました。

 被告・兵庫県は引き続き、
「07年5月24日、女子テニス部顧問のM教諭(当時、現・姫路南高校教諭)
が指示した練習メニューは適切なものであったし、顧問教諭が練習に
立ち会う義務などない」
「リサさんが倒れたのは熱中症によるものではない」
「リサさんに対するリハビリは意味がない。リハビリによる機能回復は望めない」
と主張しています。

 顧問教諭が練習に立ち会う義務がある、という点については、文部科学省
スポーツ・青少年局がきわめて明確に認めていることに加えて、
「教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動においては、生徒は
担当教諭の指導監督に従って行動するのであるから、担当教諭は、できる限り
生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて
当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、クラブ活動中の生徒を保護すべき
注意義務を負うものというべきである」
という最高裁の判例についても、当ブログで既報のとおりです。

 練習内容についても、事故発生当日の気象条件や練習環境を含め、第三者の
評価を仰いだという形跡もありません。
 兵庫県の主張は根拠に乏しく、ひとりよがりで説得力に欠けるものです。
 そしてなぜ「熱中症ではない」と判断しているのか?その根拠も不明のままです。
 リハビリは無意味で機能回復は望めない、などという血も涙もない暴論に至っては、
論評に値しません。
 医師や看護師、理学療法士・作業療法士・言語療法士など、知識と経験を有する
専門家集団の献身的なサポートを切って捨てるなど、被告・兵庫県の冷血ぶりには
言葉を失います。

 リサさんは生死の境をさまよい、幸い一命は取り留めたとはいえ、いまも意識は
戻らないままです。
 彼女がこのような辛く悲しい状況におかれているのは、
「事故発生時の救急体制が整備されていない校外のテニスコート」で、
「テストあけで体力が十分でない時期」に、
「顧問教諭が指示した3時間を超える練習メニュー」に基づく、
「県立高校の管理下で行われていた部活動中」に、
発生した事故に起因するのだということを、彼らは理解しているのでしょうか?

 大西孝教育長、そして井戸敏三知事にうかがいます。
 兵庫県はだれを、なにを守ろうとしているのですか?
 なんのために法廷闘争を続け、不毛な主張を繰り返しているのですか?
 それは一人の少女の将来と人権を奪ってまで主張しなければいけないことですか?
 ぜひご回答くださいますよう、何卒よろしくお願いいたします。


 第7回口頭弁論では、うれしいことがありました。
 それは今回、当ブログの記事を読んだという龍野高校の同期生たちが、神戸地裁に
足を運んでくれたことです。
 彼らは、
「リサさんが部活動中に倒れた、と聞いてはいました」が、
「先生たちから詳しい話を聞かされたことはなく」、したがって
「リサさんの症状も、事故の真相についても、なにも知らないままだった」といいます。
 しかし、
「同期生として、彼女のことは『なにも知らない』では済まされない、と思っています。
龍野高校が授業中や部活動中に事故を繰り返し発生させていることに疑問を覚えますし、
リサさんに対する高校側の対応も恥ずかしいです。真相を知るために『見とかなあかん』
という使命感があって、今回初めて傍聴に来ました」
「リサさんのことを応援したいですし、次回口頭弁論にはもっと多くの同期生が傍聴に
来るよう働きかけます」
と、実に頼もしいメッセージを発してくれました。

 ご両親は、
「彼らの言葉を聞いて、まだまだがんばらねば!という思いを強くしました。
保護者はしばしば『子どもを人質にとられているのだから、高校にはなにも言えない』
と口にされます。
 確かにわが子のことについて尋ねただけで、たちまちモンスターペアレント扱いされて
しまいます。
 しかし子どもの安全を確保するために、親が意見を具申するのはあたりまえで、
建設的な意見にも謙虚に耳を傾けようとしない、高校側の姿勢にこそ問題があるのでは
ないでしょうか。
 事故を発生させても検証も説明もせず、再発防止策も作成しない。保護者の口を封じ、
あたかも事故など発生しなかったかのように、記憶を風化させた者が評価され表彰されます。
 これは明らかにおかしい。
 高校はだれのためにありますか?
 生徒の命を大事にしない高校に、なんの意味がありますか?
 悲しい事故を繰り返さないために、そして子どもたちを守るために、高校に安全を求め
続けることが親の務めと確信しています」
と述べました。

 第8回口頭弁論は10月11日13時20分@神戸地裁204号法廷です。
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Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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