兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

学校の責任について(その9)

[ 2011/03/15 07:16 ]
 東日本大震災で被災された皆さんに、心からお見舞いとお悔やみを申しあげます。

 福島第一原発の危機的状況について、3月14日付朝日新聞で
竹内敬二編集委員が、
「ガス放出弁は、原発建設時には『日本では炉心溶融が起こらない』として
装備されていなかった」
ことを明らかにしたうえで、
「当初の事故想定がいかに甘かったかを示している」
と厳しく批判しています。

 龍野高校も同じです。
 たとえば学校には薬品があります。刃物もあります。火も使えます。
 そしてすべてのスポーツは、危険と隣り合わせです。
 こうした状況にあって、なんの根拠もないにもかかわらず
「事故など起きるはずがない」と決めつけるのは、あまりにも無責任であり、
思考停止の賜といわざるを得ません。
 危険があることを認めたうえで、「なんとしても事故を起こさない」
ために、万全を期すのが当然です。

 しかも過去数年間において、学校管理下において生徒が亡くなったり、
重篤な後遺障害に苦しんでいるという、きわめて重大な事故が複数回にわたって
発生しているという事実があります。
 しかし残念ながら、事実に真摯に向き合い、きちんと調査したうえで
保護者に説明し謝罪する、という当然のことが実行されていません。

 過去において発生した事故について検証できていないわけですから、
実効性ある再発防止策を作成すること、その運用の徹底を図ることなど、
できるわけがありません。
 それどころか事故が発生したという事実すら隠蔽し、校長以下学校関係者の
責任回避に血道をあげている、というのが実態です。
 つまり、
「事実を検証し、再発防止策を作成し、その運用の徹底を図る考えなどない」
と推定するよりほかないのです。

 にもかかわらず「誠心誠意」対応したとうそぶき、「反省する理由がない」
と開き直っています。
 これは「安心安全で、生徒を大事にする学び舎になってほしい」という
リサさんのご両親の思いを逆なでするものであり、現在の龍野高生のみならず、
未来の龍野高生に対しても責任を放棄する不誠実きわまりない姿勢である、
と指摘せざるを得ません。
 皆さんは、いかがお考えでしょうか?
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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