兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

裁判について(その7)

[ 2011/03/10 23:52 ]
 被告・兵庫県は
「学校管理下で事故が発生したからといって、その詳細について保護者に説明しなければ
ならないという、法的根拠はない」
と主張しています。
 ではなぜ、石原元秀・前龍野高校長は「事故報告書」を兵庫県教育委員会に、
「災害報告書」を独立行政法人・日本スポーツ振興センターに提出したのでしょう?
 法的根拠がなければ、このような文書を作成する必要はないはずです。
 しかも石原氏本人が現場に立ち会っていて、事故が発生するに至る経緯を把握していた
わけではありませんから、「事故報告書」や「災害報告書」を作成するにあたっては、
必ずだれかに事情を聴いているはずです。
 その内容を、なぜ保護者に伝えないのでしょう?
 それともだれにも事情など聴いていない、のでしょうか?

 文部科学省初等中等教育局のAさんは、
「事故報告書の作成は、実態を把握して今後の教育行政に生かすこと。すなわち
再発防止が目的」であって、
「正しい情報をとらえるべく努めるのは自明のこと。予断を持たず状況を把握し、
再発防止に努めることがなによりも必要であり、けっして教職員および教育委員会の
自己正当化が目的であってはならない」
と明言しています。
 しかし石原氏が作成したA4用紙1枚の事故報告書には、
「07年5月24日の練習には、顧問教諭も副顧問教諭も立ち会っていなかった」
という重大な事実に関する記載はありません。
 つまり文科省が明示しているガイドラインを逸脱している、と指摘せざるを得ません。

 また被告・兵庫県は石原氏が、
「保護者からかかってきた電話を一方的に切ったことが一再ならずある」
ことも認めていますが、これは「長時間にわたる通話に誠心誠意つきあった末のこと」
と主張しています。
 「長時間」とは、いったいどれほどの時間のことをいうのでしょう?
 そもそもこのような主張は、まさに本末転倒といわざるを得ません。

 リサさんは、事故発生後4カ月にわたって集中治療室(ICU)で医師団の懸命の
治療を受けていました。
 4カ月間も生死の境をさまよい続け、幸いなことに一命は取り留めましたが、
いまもなお遷延性意識障害という状態を脱することはできずにいるのです。
 事故発生当日の朝、元気に登校する姿を見送ったご両親にとって
「いったいなにがあったのか?」
を知りたいと思うのは当然ですし、校長が責任をもって精緻に調査したうえで
ご自宅に出向いて、それこそ何時間かかろうとも、きちんと説明するのは当然のことです。
 これが社会的に責任ある立場に就いている人物が果たすべき、最低限の「誠心誠意」
の対応です。
 しかし「いくら待っても学校からの説明がない」わけですから、保護者から説明を求めた
にすぎません。
 自分からかけた電話でもないのに、通話を一方的に打ち切っておいて「誠心誠意」
などという言葉を持ち出すことなど、まさに筋違い、夜郎自大としかいいようがありません。

 法律とは、法治国家において市民が守るべき最低限の基準にすぎません。
 そんなものを守るのは当然のことであり、立派なことでもなんでもありません。
 公職にある者、教育者と呼ばれる立場にある者は、道義的にも一般の市民以上に
高潔であってしかるべきであり、法的根拠を云々するなど、まさに笑止千万。
 ましてや石原氏は入学式という公開の場において、保護者に対して
「きょうからは責任をもってお子さんをお預かりします!」
と堂々と約束していたのです。
 それでもなお兵庫県は「石原氏は誠心誠意対応した」と主張するのでしょうか?
 皆さんは、どのようにお考えでしょうか?
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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