兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

学校の責任について(その5)

[ 2011/02/25 00:01 ]
 2月22日、東京地裁へ傍聴に行ってきました。
 05年、当時公立中1年生だった女子生徒が同級生からのいじめを苦に自殺し、
ご両親が学校設置者である市などを相手取って損害賠償請求訴訟を提訴された事案です。

 父親は
「被告が出してくる準備書面の内容は虚偽に満ちたもので、あまりにもばかばかしくて
読むだけで徒労感に襲われる。しかし、娘の名誉を回復するため、と自分を奮い立たせて
反論している」
と、その苦しい胸の内を吐露しました。

 同様の経験をした支援者の方が、数多く集まっていました。
 ある母親は
「親としては、子どもが亡くなったことより、子どもが味わわされた苦しみを思うことの
ほうがつらい」
と涙ながらに訴えました。

 ほかにも
「学校は事件後、生徒たちに調査を実施したというが、その際に作成した資料は、
『すでにシュレッダーにかけた』といって、内容は一切知らされていない」
とか、
「生徒たちから『事件について作文を書かされた』との証言を得たので、読ませてほしいと
学校に要望したが、『個人情報にかかわることなので開示できない』として拒否された」
と、情報隠蔽の実態について報告がありました。

 もちろん
「担任や校長、教頭は年度末の人事異動で、市外の学校に転勤させてしまう。
後任者は『事情について把握していない』の一点張りで、話し合いにも応じない」
というのは、全国の公立校において、まさに日常茶飯事です。

 さらに、
「事件直後、担任や校長は謝罪の言葉を口にしていたのに、裁判となると
『あれは親に強制されたもの』などと前言を翻すことがよくある」こと、
「学校現場では一般教員に対して、管理職による監視体制が強まっている。
教員が自由にものを言える環境ではなくなっている」ことに加えて、
「友人が小学校の教員をしているが、校長になった途端、いじめ問題について
奥歯にものがはさまったような言い方に変わった」
という証言まで得られました。

 教育臨床心理学が専門の横湯園子氏(元中央大学教授)は、学校の現状について
「教員が保護者と対立する構図に追い詰められ、その結果、教員が生徒の死を
悲しむことができない状況になっている。教員も自らの感情を自由に発することが
できないことで、強いストレスを感じている」
と指摘しています。

 これでは、
「誠実に生徒と向き合おうとする教員ほど、学校という環境に適応できなくなる」
まさに
「悪貨が良貨を駆逐する」
という悪循環が繰り返されるだけ、と言わざるを得ません。

 横湯氏は、
「教師間で、安心して意見を出し合える関係を保障すべき」であり、
「どのような状況にあろうとも、教師が子どもの生命と心の安全のために、
勇気を出して子どもの側に立ってほしいと願っている」
と強く訴えています。

 こうした状況に、ひとりでも多くの皆さんが関心を持ってくださることが
真相究明と再発防止につながるのだと考えます。
 そしてこれこそが、被害にあったリサさんに対するせめてもの誠意であり、
ご両親の切なる願いを実現するために不可欠なことです。
 次回口頭弁論は3月8日11時30分@神戸地裁204号法廷です。
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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