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兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

龍野高校の対応を検証する(その3)

[ 2020/02/27 11:32 ]
 東日本大震災による津波で児童70人が亡くなり、4人が行方不明に
なった宮城県石巻市立大川小学校。
 遺族が宮城県と石巻市を相手取って提訴した損害賠償請求訴訟で、
仙台高裁判決は、学校や市教育委員会の災害への備えに不備が
あったと認めました。
 同判決に「現場に過度の負担を強いるもの」と批判する声があります。
 これに対し、原告団長を務めた今野浩行さんは
「子どもの命、子どもの安全は、優先順位として学校の何番目に
なるんでしょうか。学力やスポーツの成績を子どもの命よりも
優先してください、という親はいるんでしょうか」
と問いかけています。(2020年2月3日付朝日新聞デジタルより)

 北峯照之氏は16年度、龍野高校長に着任しました。
 両親の、「娘を龍野高校に復学させてやりたい」との願いに対し、
「本校は現時点ではリサさんを受け入れる態勢が整っていない」
とし、話し合いの結果「受け入れ態勢が整うまで」ということで
17年4月から県立西はりま特別支援学校に通うことになりました。

 特別支援学校に通学すること自体は意味のあることです。
 学校では知識とスキルを身につけたプロフェッショナルが
ケアしてくれます。
 少なくとも平日の朝から夕方までは、保護者の体力的・精神的
負担の軽減につながるというメリットもあります。

 県が許可した期間は2年です。
 両親の希望する2年後の龍野高校復学について、北峯校長は
「当然、龍野高校に戻れます。復学し、卒業する日がきたときは、
リサさんの担任や同級生のみなさんにもお越しいただき、
卒業式をやりましょう」
と、約束しました。
 両親は北峯校長の言葉を疑うことなく、
「また龍野高校に戻れる日が来る」
と、喜びをかみしめました。

 さいたま市教育長として「ASUKAモデル」の作成にあたった桐淵博氏
(現・日本AED財団理事)は、
「元気に家を出た子どもを元気な姿のまま、成長というお土産をつけて
ご家庭に返すのが学校の役割」
と述べています。
 これはまさにリサさんの両親の思いを代弁するものではないでしょうか。

 その後、北峯校長からはなんの音沙汰もないままでしたが、19年1月、
約2年ぶりに両親に電話をかけてきました。
 両親は、2年前の約束を信じ
「支援学校がもうすぐ終わる。意識が戻ったら龍野高校に復学させてほしい」
と述べました。
 ところが北峯校長は、
「いつ意識が戻るかわからないから復学はさせない」
と、冷たく言い放ちました。

 まさに寝耳に水です。


(この項、つづく)
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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