兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

北九州小5自殺事件、和解成立

[ 2010/05/22 10:05 ]
 朝日新聞ウェブサイトに、以下の記事がありました。

 北九州市若松区で2006年3月、市立小学校5年生の永井匠(たくみ)君
(当時11)が自殺したのは担任教諭(退職)の体罰が原因だとして、
両親が市に損害賠償を求めた訴訟は21日、福岡高裁(古賀寛裁判長)で
和解が成立した。
 市が「校内での対応が適切さを欠き、自殺を防止できなかった」と一定の責任を
認めた。
 原告側によると、和解条項は
(1)市は自殺を防止できなかった責任を認め、再発防止に向けて取り組む
(2)学校管理下の事故に共済金を支給する独立行政法人日本スポーツ振興センターが、
市を通じて災害共済給付金2800万円を支払う、という内容。
 センターによると、給付金の支払いを裁判の和解で決定した初めてのケースという。
 一審の福岡地裁小倉支部判決によると、担任は06年3月16日午後、
匠君が掃除の時間に新聞紙を丸めた棒を振り回し、女児に当たったと聞いて注意。
 匠君が反論すると胸ぐらをつかんで揺すった。
 匠君が「帰る」と言うと「勝手に帰りなさい」と応じ、教室を飛び出した匠君が
戻ってきた時には「何で戻ってきたんね」と怒鳴った。
 同日夕方、匠君が自宅で首をつっているのが見つかった。
 判決は担任の一連の行為は体罰に該当すると認定。市に損害賠償金約880万円、
センターに給付金2800万円の支払いをそれぞれ命じたが、両者とも控訴した。
 控訴審で市は、担任の行為が体罰だったかは明確には認めないものの、
一定の責任を認める方針に転じた。
 匠君の母和子さんは匠君の命日と同じ今年3月16日に子宮がんで亡くなり、
和解を見届けることはできなかった。
 和解成立後、父昭浩さん(49)は記者会見した。和解条項には体罰について
言及がないが、
「自殺を防げなかったことの責任を認めている。これでよかったと思う。
妻も和解を望んでいた」と評価。
 和子さんと匠君に向けては「これで終わったよと言いたい」と話した。
 市は和解に応じた理由について
「担任教諭の体罰が認定されていないなど、今後の学校教育に影響を及ぼす内容と
なっていない」と説明する一方、「結果的に児童の自殺を防止できなかったことに
ついて責任を感じる」とする北橋健治市長の談話を発表した。


 まず永井匠くんと和子さんのご冥福を心よりお祈り申しあげます。
 ぼくは、和解に至る過程でいかなるやりとりがあったのか、わかりません。
 ましてご遺族の葛藤たるや、お察しするに余りあります。
 したがって以下の内容が的外れだったら、あるいはお気を悪くされたら
ぜひご指摘いただきたく、よろしくお願いいたします。

 ぼくは北九州市の
「担任教諭の体罰が認定されていないなど、今後の学校教育に影響を及ぼす
内容となっていない」
というコメントに強い憤りを覚えます。
 体罰と認定し体罰禁止を徹底することは、教育現場に「いい影響」を
及ぼすことではないですか?
 しかし上記コメントを読む限り、北九州市は
「教師の暴言も体罰も反省すべき点とは認識していないし、今後も教師の
暴言も体罰も容認する姿勢に変化はない」
と、高らかに宣言したものと受けとめます。
 つまり事件から学ぶべき教訓はない、という態度です。
 これは、同様の事件が再発する可能性を残す、ということです。
 しかも北九州市ホームページを検索しましたが、北橋市長の談話なるものは
発見できませんでした。
 これも理解できません。
 市にとって都合の悪い談話は公表しない方針、と判断せざるを得ません。
 情報開示のあり方に、疑問を感じます。
 そして、もと担任教諭。記事には(退職)とあります。
 つまり懲戒免職になったわけではない、ですよね?
 ということは退職金も支給されていますし、いまものうのうと、
かどうかは知りませんが、すくなくとも普通に生活できてるわけですよね?
 それってどうよ!と強い憤りをおぼえます。
 もと担任教諭は、匠くんと和子さんに謝罪したのでしょうか?
 北橋市長は、弔問したことがあるのでしょうか?
 なぜ北九州市は、いのちと人権に、これほどまでに鈍感なのですか?
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Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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