兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

日体大研修会&「指導死」シンポジウム(その3)

[ 2017/10/17 17:35 ]
 日体大研修会では専修大附属高女子バレーボール部、
愛知県立刈谷工高野球部事件の被害者の母親が、それぞれ自らの経験を
語りました。
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201612-4.html
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201612-3.html

 いずれも桜宮高バスケ部、そして大分県立竹田高剣道部などと同様に、
顧問教諭が部活動という小さな王国に絶対権力者として君臨し、なんの根拠も
ないにもかかわらず「自分は無謬だ」と信じ、自己陶酔状態に陥っていたことで、
生徒を死に追いやったという点で共通しています。
 学校は副顧問教諭を配置していますが、彼らはまったく機能していない、
という点でも一致しています。
 
 これは「指導死」シンポジウムでも同様です。
 運動部のみならず文化部でも、また生活指導に際しても教諭の暴行や暴言、
そして思慮に欠けた言動によって自死にまで追い込まれた高校生3人。
 彼らのきょうだいが登壇し、語った言葉にも悲しみと悔しさが込められていました。

 そのひとりは
「学校での『所属の欲求』を家庭で満たすことはできない。教師の心ない言動に
よって周囲から孤立させられ、友だちや生きがいを奪われては、生きてはいても
殺されたのと同じことだ。
 想像を絶するような絶望感に苛まれたから自死に至ったのに、なぜ子どもの死が
親の責任にされるのか?わからない。
 親やきょうだいにも命を守れなかったほどのひどいことを学校がしているのに、
自死は本人や家族のせいだとして切り捨てていては、同じことが繰り返される」
と涙ながらに訴えました。

 そして絶対権力者である教諭に異議を申し立てられなかったり、事故の現場に
遭遇した同級生らが
「自分に責任がある」
と思い詰めていることも共通しています。
 これは強調しておきますが、保護者らは未成年だった同級生らが責めを負うべき
などとは、まったく思っていません。
 副顧問教諭にさえ制止できない暴走なのですから、生徒らにブレーキがかけられる
はずもなく、彼ら彼女らもまた被害者なのです。


(この項、つづく)
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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