兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

全国学校事故・事件を語る会、夏の学習会(その2)

[ 2017/08/30 09:21 ]
 学校事故・事件の被害者と、その家族から出された事後対応に関する意見で
共通していたのは
「心からの反省と謝罪の言葉がほしかった」
というものです。

 同会の代表世話人・内海千春氏は中学校教員だった自らの経験を踏まえ、
「学校教育は失敗したらやり直すことが基本だ。それゆえ、やり直すことが
可能な範囲、つまり被害が回復可能な範囲でしか機能しない。
 いじめが被害者の自死など回復が不可能な被害につながった場合、
やり直しはできない。こうしたとき学校は事件に対応できなくなり、加害生徒に
対して反省も謝罪も求めない。
 つまり、『少しいじめれば叱られるが、殺してしまえばなかったことになる』
という結果が生じる。
 これはまぎれもなく非教育的、ないし反教育的な対応であるが、この矛盾について
どう考えればいいのか?という問いに対して、答えを持っていないのが現実だ」
と指摘しました。

 そのうえで、16年3月に文科省が公表した「学校事故対応に関する指針」に、
「被害生徒の保護者の要望があれば、学校設置者が調査委員会を立ち上げて
詳細調査を行う」との記載があることを指摘し、
「学校は調査委に丸投げすることを覚えてしまった。学校が自ら取り組むべき
課題なのに、これから目を背けることができる根拠を与えてしまった」
と批判しています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/anzen/1369565.htm

 内海氏は
「学校に調査能力はある。保護者からいじめの相談があれば調査を行い、
その結果を逐一報告する。『全体像が明らかになるまで待ってほしい』
などとは言わない。
 わかったことはわかったこと、わからないことはわからないことと明確に
区別して逐次報告するのが常だ。そうしなければ保護者の信頼を担保する
ことができないからだ。
 調査委の設置を待つという名目で時間を空費したり、調査結果を被害者や
遺族に知らせるまでに何カ月もかけるということは被害者や遺族の信頼を
裏切る行為であり、事実を曖昧にし事態を沈静化させるための策略では
ないか、と思っている」
と述べました。

 いじめ自死事件で死亡した生徒の遺族からは
「わたしたちはただ事実を知りたいだけで、加害生徒らに刑事責任や
賠償責任を負わせたいわけではない。しかし反省も謝罪も求めないという
学校の姿勢は、加害生徒から反省と謝罪の機会を奪っていることで、
これが彼らを苦しめる要因にもなっているということを認識すべきだ」
という声があがりました。

 奈良県の公立中で発生したいじめ自死事件について、市が設置した
調査委は「いじめがあったこと、これが生徒の自死の原因であること」を
認める報告書を公表していますが、学校と同市教委は報告書の記載内容を
認めようとしていません。
 したがって、校長や教育長はもとより、加害生徒らからも遺族に対する
反省の表明も謝罪の言葉もないまま、時間だけが経過しています。

 しかし自死した生徒の学年が中学校を卒業する時期を迎え、卒業式
終了後に、担任教諭が中学校生活をまとめたという映像を教室で流したところ、
加害生徒らが「やめて!」と絶叫しパニック応対に陥った、という証言を得ています。
 これは推測でしかありませんが、加害生徒らにしてみれば、「自分たちが
被害生徒に対してやったことは、いじめに相当する」との自覚があるからこそ、
常に後ろめたさを感じているのではないでしょうか?
 だからこそ、「中学校の思い出」としてまとめられた映像に、「被害者が
映っているのではないか?」との疑念が湧き起こり、自責の念にとらわれて
平常心を失ったのではないか、との見方が成立する可能性もあります。
 学校と教委が反省と謝罪の機会を奪い、これが結果として健全な成長を
阻害しているとすれば由々しき問題ですし、けっして事件を過去のものとして
片付けてはいけないと考える所以でもあります。


(この項、つづく)
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プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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