兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

竹田高剣道部熱中症死亡事件、控訴審第1回口頭弁論

[ 2017/05/17 23:07 ]
 2009年8月22日、大分県立竹田高校剣道部の練習中に工藤剣太さん
(当時17歳)が熱射病による多臓器不全で死亡した事件について、
17年5月16日13時30分より福岡高裁(佐藤明裁判長)で、控訴審第1回
口頭弁論が開かれました。
 審理が行われた502号法廷に傍聴席は24席しかなく、しかも11席は
記者席としてあらかじめ割り振られていました。
 このため福岡高裁は急遽長椅子4脚を法廷に運び入れ、なるべく大人数が
傍聴できるよう配慮しましたが、それでも入りきれず廊下で待機していた
支援者が出たほどで、この裁判に対する関心の高さを物語っています。

 剣太さんの両親によると、控訴しないよう求める署名は全国から少なくとも
3100筆が大分県教委に送られていますが、大分県はこれを無視しました。
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201703-1.html
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201702-3.html

 広瀬勝貞・大分県知事が提出した控訴理由書には、新たな証拠は示されて
おらず、一審での主張をなぞっているにすぎません。
 これに対して剣太さんの母・奈美さんは約15分にわたって意見陳述し、
控訴理由書に
「今後発生する多くの部活動事故の事案でも、部活動顧問に対する求償権
行使が認められることとなると思料される」
との記載があることを指摘し、
「大分県は事故が再発することを前提に論理を組み立てている。県は剣太の
死後、『二度とこのようなことが起きないように』と繰り返し表明していたが、
『再発防止』は実現していない。学校内でなにをしても国家賠償法で守られると
教員が思っている間は、悲惨な事件は何度も繰り返される」
と述べ、
「学校は、部活動の存続が危ういとか、教員が萎縮するなどという以前に、
将来にたくさんの希望を持てるような子どもたちを育てる場所だ」
と訴えました。
 次回口頭弁論は7月13日、13時30分から福岡高裁502号法廷で行われます。

 口頭弁論終了後の記者会見で両親は
「大分地裁判決をなんとしても維持したい。教師がカッとなって手を振り上げたとき、
『事故が起きたら個人でその責めを負わねばならない』という思いが頭をよぎれば
暴力を抑止する効果がある。二度と私たちのような家族を生まないことを願っている」
と述べました。

 両親は口頭弁論に先立って福岡高検を訪れ、大分地検が顧問教諭だった
坂本忠文氏を不起訴処分としたことに対し、不服を申し立てました。
 これについては大分合同新聞が17年5月16日付夕刊で、以下の通り報じています。

 竹田高校剣道部で09年、練習中に熱中症で倒れて死亡した工藤剣太さんの両親が
16日、業務上過失致死容疑で書類送検された元顧問らを大分地検が14年までに
不起訴処分としたことを不服とし、刑事事件として再捜査するよう福岡高検に申し立てた。
 両親は、元顧問らに賠償責任を負わせるために県を訴えた民事訴訟で16年12月、
一審大分地裁判決が元顧問の重過失を認めたと指摘。「民事裁判で重過失が認められ、
刑事事件は不起訴で終わるなどというのは誰も納得できない」と申し立てた。両親に
よると、高検側は「書類を読んで判断する」と答えたという。
 大分地検は12年、県警が書類送検した当時の顧問と副顧問について、嫌疑不十分で
不起訴処分とした。両親の不服申し立てを受けた大分検察審査会は13年、不起訴は
不当だと議決したが、地検は14年、再び不起訴処分として捜査を終えた。
 福岡高検によると、地検の処分に不服がある場合は、検察審査会とは別に高検に
申し立てができる。

 この問題について、首都大学東京の木村草太教授は東京新聞の取材に応じ、
「元顧問の重過失行為は現場で厳禁すべき内容。地裁判決は妥当だ。検察が元顧問を
起訴して、刑事責任を負わせるべきだった」
との見解を明らかにしています。(17年2月7日付同紙)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201702/CK2017020702000155.html
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Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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