兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

龍野高校の体質について(その12)

[ 2010/12/16 15:11 ]
 12月15日付朝日新聞「記者有論」で武田肇記者が、
太平洋戦争の被害者に対する戦後補償において、日本政府が
さまざまなかたちで差別的な待遇を繰り返してきた実態を告発し、
問題点を提起しています。

 記事の一部を引用しますと、

日本の戦後補償は、旧軍人・軍属とその遺族には年金などを
「国家補償」する一方、空襲などで民間人が受けた戦争被害は
「国民が等しく受忍しなければならない」と我慢を強いてきた

ことを指摘しています。

 武田記者は、この「戦争被害受忍論」を確立する過程を主導した
厚生省(当時)の元公衆衛生局企画課長に取材しました。
 元課長は、
「権力にとって大事なのは、権力機構の保持であること」
したがって、
「不幸にして被害にあった少数者の権利や利益など顧みるに値しないこと」
を悪びれることもなく認めています。

 その背景には、
「被害を免れた多数者が、被害にあった少数者の権利や利益を
守ることに積極的ではなかったこと」
があります。
 これはすなわち
「たまたま運が良かった人たち」が「たまたま運が悪かった人たち」を
切り捨てることを躊躇しなかった、ということにほかなりません。
 つまり被害者に対して、その被害を惹起せしめた原因を追求させず、
「責任と謝罪がついてこないことを、有無を言わせず承服させた」
あるいは、
「責任と謝罪を曖昧にすることを、受け入れるよう強要した」
ということです。

 皆さん、ぜひこの記事をお読みください。
 行政、すなわち権力が国民に対して、いかに冷酷な姿勢で臨もうと
しているのか、ということがとてもよくご理解いただけると確信しています。
 これは今日の日本においても、その基本構造はまったく変わっていない、
と指摘せざるを得ません。

 学校の無責任体質には、すこしも変化がありません。
 そして龍野高校と兵庫県教育委員会には「学校事故被害者受忍論」
をふりかざすことを躊躇せず、ばかりか事実ではないことを捏造して吹聴し、
しかもいささかも恥じることもない人たちが勤務している、という現実が
あります。
 ぼくは、これはとてもこわいことだと考えます
 皆さんは、いかがお考えでしょうか?
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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