兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

介護の日々(その5)

[ 2010/11/23 11:01 ]
 学校関連の事故や事件で、お子さんを亡くされたり、
重篤な後遺障害が残ったりしたご家族の実態は、残念ながら
正確かつ詳細には伝わっていない、のが現状です。
 ぼくは、多くのご家族を取材させてもらってきましたが、
その実情は以下のようなものです。
 たとえば
「フルタイムで働いていらしたお母さまが、お子さんの介護に
専念せざるを得なくなり、退職を余儀なくされた」
という事例があります。
 この場合、当然のことながら世帯収入は半減します。
 同時に、介護にかかる費用をはじめ、ご家庭にはたいへんな
経済的負担がのしかかります。
 事故・事件が発生するまで、まったく想定していなかった出費が
かさむわけですから、生活設計を根本的に見直さざるを得ません。
 そして既報のとおり、若年で常時介護が必要となった患者さんは、
入院先の病院にとっては「早期に退院してほしい存在」になってしまう
という、わが国医療福祉行政の現実があります。
 24時間・365日、ご自宅で介護を続けるということの体力的
および精神的負担は、まさに想像を絶するものです。
 
 さらに、ごきょうだいのケアという問題が新たに発生します。
 中学生の弟さんが事故にあった、というご家庭のケースでは、
大学生のお兄さんが精神的なショックから一時的にひきこもり状態になり
留年した、という事例もあります。
 ご両親にうかがうと、
「兄は当時、一生懸命弟の介護に協力してくれていました。いつも
家の中で顔を合わせていたから、彼が授業に出ていなかったことには、
あとになって気がつきました」
ということでした。
 それくらい、当事者の方々は切羽詰った状況にあるのです。

 しかも学校側のプロパガンダによって、
「医療費は独立行政法人・日本スポーツ振興センターが運営している
災害共済給付制度によって支払われている。個人負担は発生していない」
と、まったく事実ではないことが、保護者や地域住民のあいだで
まことしやかに語られるようになります。
 こうした状況において、損害賠償請求訴訟を提訴するということは
「子どものいのちと引き換えに大金をむしり取ろうという、強欲な親」
というレッテルを貼られることにつながります。
 なんとも理不尽な話です。

 しかし、たとえ民事訴訟で原告が勝訴したとしても、
「謝罪と責任は得られない」のです。
 このため、多くのご家族は
「謝罪と責任が付いてこないなら、せめて反省くらいしてほしい」
と、切実な胸のうちを語っていらっしゃいます。
 こうした状況について、ぜひご理解いただきたいと思います。

 NPO法人・ジェントルハートプロジェクトが10年2月から9月に
かけて「当事者や親の知る権利についてのアンケート」調査を実施し、
今月その結果を発表しました。
 事故・事件の経緯や詳細について、「いまだに説明がない」との
回答は27.5%、
 「謝罪を受けていない」との回答は66.7%、
 「学校や教育委員会から、自発的な説明や報告はなかった」との
回答が80.4%にも達しました。
 まさに、ぼくがご家族からうかがったお話の内容と一致しています。

 さらに問題なのは、
「学校・教育委員会の説明にはまったく納得できなかった」
という回答が81.6%。
「あまり納得できなかった」という回答と合わせれば、約9割のご家族が
納得していない、ということです。
 それは、事故報告書が作成されたとしても、その内容(複数回答)には
「重要な情報が抜け落ちていた」36.7%
「一部にうそが書かれていた」20.0%
「書かれていることの大部分がうそだった」16.7%
ことが、納得できない理由です。
 事故報告書、とは名ばかりで、隠蔽と捏造のオンパレードです。
 これで納得しろというほうが、土台無理な話です。
 この点、皆さんにもご理解いただけるものと確信しています。
 どうか当事者の方たちの切実な声に耳を傾けてくださるよう、あらためて
お願いいたします。
 そして、これが共感の支援につながるのです。
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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