兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

「全国学校事故・事件を語る会」シンポジウムを開催

[ 2014/06/04 07:47 ]
 2014年6月2日付読売新聞兵庫版は

 学校内のいじめや事故で子どもを亡くした遺族や被害者らのシンポジウムが1日、
神戸市中央区で開かれた。各地で設置が進む「第三者委員会」がテーマで、遺族や
有識者らが体験などを通じて「事実を解明し、再発防止に貢献する役割を果たして」
などと訴え、市民ら約110人が聞き入った。
 「全国学校事故・事件を語る会」(事務局・たつの市)の主催で、毎年開かれている。
 山形県で06年、いじめを訴える遺書を残し、自殺した県立高校の女子生徒
(当時16歳)の両親は、自殺約1年後に「人権侵犯の有無は確認できない」と
結論づけた山形地方法務局の人権侵犯調査について「内容が乏しく形式的だった。
強制的な調査権もないことが理由と説明されたが、あまりに無責任だった」と振り返った。
 その後、自ら同級生らの家を訪ねて話を聞きに回ったが難航したことなどを語り、
「早い段階での事実確認が重要」と訴えた。
 いじめを受け、11年に自殺した大津市立中2年の男子生徒(当時13歳)の父親も
登壇し、教育委員会や学校に調査組織の設置を義務づけた「いじめ防止対策推進法」
について、
「施行後も被害者に説明責任を果たさない各地の学校の対応は変わらず、チェック
機関もない」と問題点を指摘。
 たつの市で1994年、体罰を受けて自殺した男児(当時11歳)の父で、「語る会」の
代表世話人を務める内海千春さんは「第三者委員会を事態の沈静化のためだけの
機関に終わらせないように、これからも問題提起を続けていきたい」と話していた。

と伝えました。


 シンポジウムでは12年10月、4人の教師から不適切な指導を受けた直後に自死した
広島県東広島市立中2年(当時)男子生徒の父親が登壇し、
「第三者調査委は事態の沈静化と事実の隠蔽、そして学校の責任回避を目的とする
ツールとして悪用された」と訴えました。

 上記の内海氏は
「第三者委を設置すれば少なくとも3カ月は時間が稼げる。この間に社会的な関心が
薄れることを狙っているのだろう」と指摘しました。

 会場からも多くの意見が出ました。
 望月彰・愛知県立大教授は
「1957年、教育委員公選制が廃止され首長が教育委員を任命することになった。
 ここから教委の変質が始まり、学校や教委の自浄能力が欠けていった。現在参院で
審議中の地方教育行政法改正案の内容に危惧している」と述べました。

 NPO法人・ジェントルハートプロジェクトの篠原宏明理事は、10年6月、中3だった
次男がいじめ自殺した際、川崎市教委の担当者が綿密な調査を行って、第三者委を
設置するまでもなく事件の全容解明に努めたことを明らかにしました。
 そのうえで、市教委の担当者が生徒らに事情聴取した際、
「泣きながら2時間にわたって思いをぶちまけた例もあったという。こうした取り組みが、
生徒たちの心のケアにつながった」と述べました。

 大津市が設置した第三者調査委で委員長を務めた横山巌弁護士(大阪弁護士会)は
シンポジウム終了後、取材に応じ
「各地の教委や校長会で、講演を依頼されることが増えた」としたうえで
「講演では、被害者や家族が求めているのは責任追及ではなく真相解明だと伝えている。
 被害に遭った子どものメッセージを受け止め、周囲の子どもたちのケアに努めるのは
教師の仕事だ。学校や教委の自浄能力を高める必要がある」と述べました。

 内海氏とともに「語る会」の代表世話人を務めている宮脇勝哉氏は、
「学校と教委に説明責任を果たすという意識が定着できれば、第三者委の設置は不要だ。
 しかし学校と教委は責任を免れたいとの思惑から第三者委に丸投げしようとしている。
 丸投げさせてはいけない」と訴えました。
 そのうえで
「加害生徒たちを隠蔽工作に加担させることで、彼らから反省と謝罪の機会を奪っている。
 これは事実を話さなくてもいい、ごまかせばいいという感覚を彼らに植え付けることで、
教育に携わる人間がけっしてやってはならないことだ」と述べました。
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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