兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

神戸地裁判決について(その4)

[ 2014/05/06 19:14 ]
 2014年5月1日付東京新聞夕刊は、バルセロナ五輪柔道男子71㎏級金メダリスト、
古賀稔彦さんの「事故は指導者の監督不足で起きる」という発言を紹介しています。

 07年5月24日、龍野高女子テニス部の練習中にリサさんが倒れたとき、顧問の
M教諭(当時、現・姫路南高教諭)は出張のため練習に立ち会っていませんでした。
 そして自身が練習には立ち会えないことが事前に分かっていたにもかかわらず、
副顧問(同)のK教諭らにも立ち会いを依頼していなかったことを認めています。
 まさに「指導者の監督不足が事故を招いた」のです。

 当時は校舎建て替え工事中のため校内のテニスコートが使用できず、部員たちは
学校から自転車で約10分の距離にある市営コートでの練習を余儀なくされていました。
 にもかかわらず石原元秀校長(同、現・岡山白陵中高校長、兵庫県上郡町教育委員)は、
M教諭に安全対策について万全を期すよう指示せず、生徒たちに救急救命講習の
受講を義務付けるなどの安全指導も行わず、緊急連絡用の通信機器も携行させて
いませんでした。
 生徒たちの身体生命の安全を守ることが、校長として果たすべき職責の第一義で
あることは論を俟ちません。
 このように、石原氏には校長として果たすべき職責にぬかりがあったことは明らかです。
 しかし12年12月7日に行われた尋問でも
「コートの近くには消防署もある。もう高校生なのだから。あんなに大勢いたのだから」
と、未成年だった生徒たちに責任を転嫁する発言に終始しました。

 こうした点を勘案すれば、神戸地裁(植屋伸一裁判長)が14年1月22日、
「学校側の不法行為は認められない」との判決を言い渡したことは、たいへん理解に
苦しむものです。

 植屋裁判長は「顧問が事故を予見できる特段の事情はなかった」としていますが、
これは
・事故当日が中間テスト最終日で11日ぶりの練習だったこと
・気温も湿度も高かったこと
・直射日光を遮る施設もなく照り返しのきついハードコートだったこと
などの諸条件を無視した、きわめて杜撰な事実認定と言わざるを得ません。

 また植屋裁判長は「部活動は生徒の自主性を尊重すべき」としていますが、これは
文部科学白書が「運動部活動は、学校教育活動の一環」と明記していること、および
「学校の教育活動の一環として行われる部活動において、生徒は担当教諭の指導監督に
従って行動するのであるから、担当教諭は、できる限り生徒の安全にかかわる事故の
危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する
措置を執り、部活動中の生徒を保護すべき義務を負う」
という最高裁判決(06年3月13日第2小法廷)と矛盾するものですし、たとえ
「生徒の自主性を尊重すべき」だとしても、部活動が学校管理下で行われている以上、
教職員が注意義務・安全配慮義務を免れないのは言うまでもありません。

 まさに「全国学校事故・事件を語る会」の代表世話人、宮脇勝哉氏が
「龍野高も兵庫県教育委員会も説明責任を果たしていないが、判決はこれを無視している。
 兵庫県が中立性・公正性・透明性を担保した第三者委員会を設置し、事故発生に至る
機序について精緻に調査するという基本動作を怠ったことが判決の事実誤認を招いた」
と批判しているとおりであり、不当判決と判断する所以です。
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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