兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

第三者機関のあり方について(その17)

[ 2013/11/27 01:08 ]
 2013年11月24日付河北新報は

 東日本大震災で児童と教職員計84人が死亡・行方不明になった
宮城県石巻市大川小の津波災害で、児童の遺族と石巻市教委による
話し合いが23日、市河北総合支所で開かれた。
 遺族は震災当日に校外にいて被災しなかった前校長への質問などを
重ねたが曖昧な答えが目立ち、9回目の話し合いでも溝は埋まらなかった。
 遺族は前校長が震災直後の3月中旬、被災して唯一助かった男性教諭と
メールや電話でやりとりした学校の被災状況の確認内容について聞いたが、
前校長は「覚えていない」などと繰り返した。(中略)
 学校管理下で多くの子どもが犠牲になったことの責任を追及する声も
上がった。出席した亀山紘市長は「道義的責任は強く感じるが、法的責任
は判断しかねる」と話し、境直彦教育長は第三者による事故検証委員会が
検証中であることを挙げ、「検証結果を待ちたい」と述べるにとどめた。
(後略)

と報じました。

 当ブログ13年10月2日付記事
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201310-11.html
でも既報のとおり、保護者は検証委に対し不信感を募らせています。

 当初は石巻市教委が検証作業を行っていましたが、説明が二転三転したこと。
 説明会を一方的に打ち切っておきながら、報道陣には「保護者の納得が
得られた」と発表したこと。
 助かった児童や男性教諭から聞き取った証言のメモを廃棄したこと。
 そして亀山市長が説明会で、児童が亡くなったことは「自然災害の宿命」
と発言したことなどから遺族の強い不信を招き、検証委が設置されました。

 『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)の共著者、
加藤順子さんは
「文部科学省が主導して、遺族の意向を聞き入れず検証委を設置したが、
設置要綱には目的が記載されていない」と指摘したうえで、検証委の現状を
「迷走状態」と批判しています。
 保護者からは
「石巻市教委の対応は二次被害、検証委の対応は三次被害だ」
という声もあがっています。
 
 一方、同日付朝日新聞宮城版は

 東日本大震災で児童と教職員計84人が死亡・行方不明となった
大川小学校(石巻市)の惨事を考えるシンポジウムが23日、東京の
明治大であった。当時、同小5年生だった只野哲也さんが参加。
「こういう思いはもう誰にもしてほしくない。このことを伝え、
千年後まで残したい」と訴えた。
 津波襲来の直前まで校庭にいた哲也さんは自力で斜面をはい上ったが、
母と妹、祖父は亡くなった。(中略)
 「あのことをまだ話せない友達もいる。でも話さないと伝わらない」
との思いから参加した。(後略)

と伝えています。

 シンポジウムに出席した同小の保護者からは、
「避難する時間も方法も情報もあったのに、なぜ校庭にとどまったのか?
 理由を知りたい。仕方がなかったではすまされない」
「大人がうそをつく姿を、子どもたちには見せたくない」
という発言がありました。

 同じくシンポジウムに参加した保育心理士からは
「大人への不信感から心を閉ざす子どもたちが多くいる。被災直後より
状況は悪化している」という深刻な報告がありました。

(この項、つづく)
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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