兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

保護者の知る権利について(その44)

[ 2013/10/05 21:40 ]
 リサさんのご両親が石原校長(当時)に求めたのは、
「娘の身にいったいなにがあったのか。教えてほしい」ということであり、
「もう二度と悲劇を繰り返さないでほしい」ということに尽きます。

 これは学校管理下で発生した事故・事件で被害に遭った児童生徒の
保護者が異口同音に訴えていることであって、責任問題は二の次です。

 しかし学校と教育行政にとって関心があるのは責任問題です。
 自らの責任を回避することが至上命題である以上、寺町弁護士が指摘
するとおり「責任を認めたくないから対策は講じない」という姿勢を
温存させることになり、これが結果として児童生徒の安全を脅かしている、
という悪循環を生み出しているのです。

 保護者は、学校管理下にあっては校長以下すべての教職員が
児童生徒の安全のために全力を尽くし、最善の結果をもたらすものと
信じていますし、わが国法体系も、いわば「教職員性善説」に拠ることで
成立しています。
 しかし残念ながら、実態は理念と大きく乖離していると言わざるを得ず、
実態が放置されているからこそ、悲劇が繰り返されているのです。
 このサイクルを断ち切る必要があります。

 全国学校事故・事件を語る会の代表世話人、宮脇勝哉氏は
「すべての子どもの、『心身ともに健康に成長する権利』を守ることこそが、
いじめ防止対策推進法の立法趣旨である」と強調しています。
 子どもたちの心身ともに健康に成長する権利を軽んじるということは、
わが国の、ひいては世界の未来に対する責任を放棄することです。
 再発防止を実現するためにも、不幸にして被害に遭った子どもたちの
人権救済と名誉回復のためにも、事故・事件の全容解明は不可欠です。

 義家弘介・文部科学政務官(当時)は13年9月30日、石巻市立大川小の
遺族有志と面談した際、
「仕方がなかったなんていう検証はあり得ないと思っています。それは
検証ではありません」という認識を示したうえで、
「しっかりした検証をするためには信頼がなければいけない。信頼を勝ち得る
ための調査が具体的に行われているということを、今後は各論も含めて
しっかり指導・監督して参りたい」と公約しました。
(ダイヤモンド・オンライン 大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~
第27回より)
http://diamond.jp/articles/-/42408

 同日、義家氏は「文科省には説明責任がある」とも明言しました。
 これが現実のものになるよう、監視するのがわたしたちの責務です。
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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