兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

龍野高校の体質について(その2)

[ 2010/05/13 08:52 ]
 龍野高校ホームページによると、「龍高通信」なるものが毎月
発行されてるようです。
 2010年4月号を参照しますと、
「本年度は東京大学、京都大学、大阪大学、神戸大学等、難関国立大学の
現役合格者数で、数値目標がほぼ達成されました」
という記述があります。
 ぼくはこうした記述を、到底看過することはできません。
 「数値目標」というのは、ビジネスの世界において設定すべきものです。
 なぜならば、ビジネスとは畢竟数字がすべてであり、数値目標を設定
しないかぎり、経営計画を立案することなどできないからです。
 そして経営計画のないビジネスなどありえません。あたりまえのことです。
 しかし教育の世界において。
 ましてや、未成年の子どもたちが在籍する高校において。
 「数値目標」などという言葉を無神経に使う。
 この感覚に違和感が、率直にいって嫌悪感があります。
 生徒たちは自動車でも、液晶テレビでもありません!
 一人ひとりに個性があり、無限の可能性を持つ、かけがえのない存在です。
 その彼ら彼女らを、「数値目標」という無機的な言葉でくくってしまう
無神経さに、ぼくは慄然としています。
 こうした姿勢は、すなわち
「すべての生徒をあまねく愛する」という意識や、
「一人ひとりの生徒を大事にする」という意識が欠けていることを
如実にあらわすものではないでしょうか?
 そして、ぼくを含め卒業生の大半は「東京大学・京都大学・大阪大学・
神戸大学等、難関国立大学」以外の大学に進学しています。
 ということは、「数値目標」達成に貢献しなかった同窓生の大半は、
しょせん員数外なのでしょうか?
 K校長に説明を求めたい、と強く思います。
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数値目標について
私はこの春まで龍野高校に在籍していました。私はただ単に、難関国公立大を目指していた生徒のうちでは、目標を達成できた人が多かったという意味で、「数値目標が達成されました」という言葉が使われたんだと思いますし、学年団の先生方は、どんな生徒でも気にかけ、一生懸命応援してくださる素晴らしい先生方だったと思うので、そのように書かれると大変ショックです。そのような捕らえ方をされるのも仕方ないのかもしれませんが、龍野高校の先生方にとっては、どんな生徒でも員数外ということはまずありえないと、3年間指導していただいた私の立場からそのように感じております。
生意気なことを書いてすみません。
[ 2010/06/13 22:45 ] [ 編集 ]
Re: 数値目標について
No Nameさま

コメントありがとうございます。
生意気などとは思いませんし、素直に思うところを書いていただいたことに感謝します。
ただ、揚げ足を取る気はありませんが、何点か指摘させてください。
まず、大学進学は人生において通過点にすぎません。
「どこで」学ぶかではなく、「なにを」「いかに」学ぶかが大事です。
したがってぼくは、高校が「どこの」大学に「何人」合格させたかを競いあうこと自体、
ナンセンスだという立場です。
週刊朝日やサンデー毎日が毎春、高校別大学合格者ランキングを掲載することは大問題、
という立場です。
この点、まずご理解ください。
そして繰り返しますが、教育とは一人ひとりの個性を重視する効率の悪い作業ですし、
効率化などめざすべきではないと考えています。
効率重視の教育システムでは、エジソンもアインシュタインも出現しようがありません。
数値目標とはビジネスの論理であって、教育の理念とは相容れないもの、というのが
ぼくの意見です。
あなたが「どんな生徒でも気にかけ、一生懸命応援してくださる先生方」に出会えた
ことは、あなたにとってすばらしい経験で、うらやましいかぎりです。
しかし、リサさんのお見舞いにこられる龍野高校の先生は皆無です。
意地悪な言い方をしますが、「どんな生徒でも気にかけ、一生懸命応援してくださる先生方」
であれば、お見舞いくらいされるんじゃないですか?
リサさんの事故はあなたの在学中に発生したことですが、あなたたちは事故について、
どのように聞かされていたのでしょう?
04年1月、当時1年生だった男子生徒が体育の授業中に亡くなったことはご存知ですか?
I前校長やK校長の言動について、あなたたちはご存知ですか?
神は細部に宿ります。
ひとりの生徒を大事にしない学校が、すべての生徒を大事にすることはできない、
とぼくは考えます。
あなたのご意見をお知らせいただければ幸いです。
[ 2010/06/14 11:00 ] [ 編集 ]
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Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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