兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

全国柔道事故被害者の会、メッセージを発表

[ 2013/02/01 11:18 ]
 全国柔道事故被害者の会(小林泰彦会長)は2013年1月31日付で、
「『体罰』問題についてのメッセージ」を発表しました。
http://judojiko.net/news/1284.html

 このなかで、体罰とはあくまで教育を目的した懲戒手段、と位置づけ
「気合いを入れるためや、声が小さいなどという理由で生徒や選手を
殴ったり蹴ったりする行為は暴力でしかない」
と指摘しました。
 そのうえで、
「教師や指導者といった絶対的支配力を持つ者が、自己の管理下にある
相手に行使する暴力は虐待であり、これを擁護することは断じてできない。
負の連鎖は、断ち切らなければならない」
と訴えました。
 そして、
「すべての指導者、すべての教育者は、大人の理性をもって『虐待』の
連鎖を断ち切ってください」
と強く要望しています。

 また同会の村川義弘副会長は、
「滋賀県愛荘町立秦荘中学校柔道部事件」
http://judojiko.blog58.fc2.com/
に13年1月30日付で、「柔道界の暴力的体質」との一文を掲載し、
「暴力を愛の鞭であるとか、暴力で選手を強くするなどというのは、
暴力を振るう側の一方的で勝手な理屈でしかありません。
 暴力行為を行う人間にも、その暴力行為を容認する人間にも、
真の安全配慮などできる訳がありません」
と厳しく批判しています。

 これらは中学・高校の柔道部などで、顧問教諭らの不適切な指導によって
死亡し、あるいは高次脳機能障害や遷延性意識障害という、きわめて重篤な
後遺障害に苦しんでいる被害者とその家族の痛切な声です。
 関係者はもとより、一人でも多くの皆さんに真剣に耳を傾けていただきたいと、
強く祈念いたします。
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まったくその通りだと思います。体罰は教育の世界でも最後の手段であり、濫用するものではありません。まず体罰ありき、という指導者はお辞めになるか、技量を磨くべきだと思います。
[ 2013/02/01 20:33 ] [ 編集 ]
最後の手段とは。
体罰を「最後の手段」として確保していることが既に体罰容認派。濫用はいけないが最後の手段としてはやむをえない?一体誰が「濫用」と「最後の手段」の線引きをする?きっと体罰をしてきた指導者は、自分のしてきた体罰をすべて「最後の手段」と言い張るでしょうね。
[ 2013/06/14 07:35 ] [ 編集 ]
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Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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