兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

兵庫県、「事故調査委は設置しない」と回答

[ 2012/12/09 08:45 ]
 井戸敏三・兵庫県知事は平成24年12月6日付で文書を作成し、
龍野高校テニス部事故調査委員会は設置しない、と回答しました。

 このなかで、
「龍野高校硬式テニス部活動中に発生した事故については、
大変残念なこと」
としながら、
「本事故に関しましては、平成22年4月に損害賠償請求訴訟が
提起されて」
いることから
「事故の原因等については、ご提案のありました調査委員会を
設置するのではなく、訴訟審理を通じて究明が図られると考えて」
いるとしています。
 その根拠として、裁判では
「医学的な解明に向けた調査が行われており、今後、専門家による
鑑定等が予定されて」
いることをあげています。

 これについては、当ブログ2011年12月15日付記事でも
ご紹介していますが、被告・兵庫県は11年12月13日に開かれた
第9回口頭弁論の直前になって神戸地裁に鑑定申請をしました。
 しかし角隆博裁判長(当時)が
「まず事実関係を明らかにし、事故発生当時の記録をあらためて精査し、
原告・被告双方が意見書を提出したうえで証人尋問を行う。鑑定に
ついては、そのあとで検討すべきだ」
との考えを明らかにし、鑑定にはきわめて慎重な姿勢を示した、
という事実が反映されていません。
 鑑定が予定されている、というのは兵庫県の思い込み、ないしは
決めつけにすぎません。

 損害賠償請求訴訟は、龍野高校と石原元秀校長(当時、現・岡山白陵中高校長)
以下、教職員が当然果たすべき注意義務、安全配慮義務、調査報告義務を
懈怠したこと。
 および、これにともなう過失責任と管理責任、そして兵庫県の使用者責任を
問うているものであって、医学的な議論は審理のごく一部にすぎません。

 そしてご両親が提訴のやむなきに至ったのは、学校管理下で行われる部活動の
練習中に発生した事故であるにもかかわらず、石原氏は事故の全容を解明する
という義務を果たさず、原因が不明のまま。
 すなわち、なんの根拠もないにもかかわらず
「学校に責任はない」
と一方的に決めつけ、事実ではない風説を流布してリサさんと保護者の名誉を
いたく毀損し、保護者と対話することさえ避け続けてきた、という事実に
起因するものです。
 これは12年12月7日、神戸地裁で行われた第12回口頭弁論で明らかに
なったところです。

 そもそも学校管理下で行われていた部活動中に発生した事故について、
学校設置者である兵庫県が全力をもって
「いつ、どこで、だれが、なにをしていたら事故は未然に防止できたのか?」
を解明し、これに基づき実効性ある再発防止策を策定し、その徹底した運用を
図ることは、県民の身体生命の安全を守ることを第一義とする兵庫県にとって
当然行うべき作業です。
 当然行うべきことを、事故発生以来5年半の長きにわたって放置してきた
ことへの責任を、司法の判断に委ねるという口実をもって免れようというのは、
まったくもってお門違いと指摘せざるを得ません。

 あらためて指摘しておきますが、龍野高校が果たすべき注意義務、
安全配慮義務、調査報告義務を果たさなかったということと、兵庫県が
事故の全容を明らかにし、原因を究明して再発防止に取り組むべきという
ことは、それぞれ別個の問題であって混同、ないしはすり替えを認める
べき問題ではありません。

 また井戸知事は
「教育委員会からは、リサさんと直接お会いすることが出来、ご両親から
お伺いしたお話を踏まえ、学校と連絡を密にしながら、リサさんの将来に
ついて誠意をもって対応させていただく、との報告を受けて」
いるとしています。
 小南克己・兵庫県教委総務課長がリサさんと初めて会ったのは、
12年11月27日です。
 これは事故調査委員会設置要望書を提出した際、ご両親がリサさんを
ともなって県教委に小南氏を訪問したから実現したことであって、
県教委関係者がリサさんの自宅を訪問したわけではありません。

 また、ご両親が県教委に相談したのは07年12月のことであって、
5年間も問題を放置していた県教委に「誠意をもって対応させていただく」
といわれても、これを全幅の信頼をもって受け入れることは不可能です。

 こうした事情に鑑み、また要望書に署名してくださった全国各地の
6067人もの方々のご厚意に応えるためにも、井戸知事に対して
異議を申し立てるべく準備を進める所存です。
スポンサーサイト
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

最新トラックバック