兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

隠蔽と捏造(その2)

[ 2012/11/29 09:03 ]
 2012年11月24日。
 東京都内で開催されたNPO法人ジェントルハートプロジェクト主催
「第7回 親の知る権利を求めるシンポジウム~なぜ学校は隠蔽するのか~」
に出席してきました。
 全国から約30名の参加者が参集し、当事者の事例報告とパネルディスカッションに、
熱心に耳を傾けていました。

 まずタイトルを、シンポジウムがテーマとした「保護者の知る権利について」
ではなく、あえて「隠蔽と捏造」にしたことについて、ひとこと言わせてください。
 学校事故・事件が発生した場合、学校と行政が全力を挙げて事実を隠蔽し、
被害者とその家族に関して事実ではないことを捏造して、風説を流布します。
 その結果、事故発生直後には「事故・事件の被害にあってお気の毒」と
みられていた方たちが、あっという間に「強欲でわからずやのモンスターペアレント」
に変質させられ、PTAや地域社会からも孤立させられることが日常茶飯事に
なっている、という由々しき事態があります。

 すなわち、「いったいなにがあったのか?」ということを知るのは、
単に「保護者の権利」だと、恣意的に趣旨を歪曲され問題を矮小化されて
しまった場合、「いじめも指導死もスポーツ事故も、だれの身の上にも起こりうる」
のだという事実が、すっぽりと抜け落ちてしまうおそれがあります。
 「明日は我が身」であり、したがってすべての学校事故・事件は学校全体の問題
であり社会問題であるにもかかわらず、これが正確に認識されないおそれがあると
いうことに、上記シンポジウムでぼく自身が強い危機感を抱いたからです。

 上記シンポジウムでは、「なぜ学校は隠蔽するのか」という命題について、
教育評論家の武田さち子さんが
「隠蔽することでメリットが得られるという社会構造が存在するからだ」
と分析し、その要因として、たとえばいじめの加害生徒と彼らの保護者はもとより、
「教師の指導にも、管理職の対応にも、行政の姿勢にも問題はなかったとすることで、
個人的な利益を守れる体制がある」
ことを多くの例を挙げて指摘しました。

 それは、お子さんが学校事故・事件の被害に遭った保護者が、
「わが子の身になにがあったか?を知りたいだけなのに、教えてもらえない。
文書開示請求しても、個人情報が含まれるとして文書のほとんどが黒塗りで出てくる。
しかたがないから裁判を提訴する。
 そうなると『学校やお上に盾つく、とんでもない親』というレッテルを張られる」
ということ。
 すなわち、
「問題のすりかえに関しては、学校と行政は見事なスキルをもっている」
ということにほかなりません。
 これを側面から支えているのは、周囲の保護者の意識が
「所詮は他人事」
であり、むしろ被害者に寄り添うことによって学校から目をつけられ、
「わが子が、なにか不利益を被ってはたまらない」
という、いわれのない警戒感に集中していることによるものです。

(この項、つづく)
スポンサーサイト
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

最新トラックバック