兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

保護者の知る権利について(その23)

[ 2012/11/02 07:15 ]
 2012年9月21日付朝日新聞「記者有論」で氏岡真弓編集委員が、
「いじめ自殺 死んだ子の声に耳傾ける」と題して、以下の一文を書いています。


 「息子の死を受けとめ、受け入れています」。
 川崎市の篠原真紀さんからその言葉を聞いたとき、驚いた。
 中3だった次男の真矢(まさや)君は2年前、友人をいじめた4人を許さない
と遺書を残し命を絶った。自身もいじめられていた。
 3カ月後、学校、市教育委員会、有識者らからなる調査委が報告をまとめた。
 それを読み、我が子がなぜ命を絶ったか教えられたという。

 いじめ自殺を取材してきたが、多くの遺族は学校に死の理由を尋ねても
「生徒が動揺する」「学校は捜査機関ではない」と断られていた。
 NPOの調査でも、学校や教委から説明を受けていない家族らは8割以上。
 残るのは、学校や教委への強い不信だ。
 篠原さんの場合、なぜ違ったのか。篠原さん夫妻や調査委メンバーを取材し、
二つの点がカギだと感じた。

 まず一つは、調査委のチームが具体的な事実を掘り下げ、教員や学校の責任を
正面から認めたことだ。
 報告書は約100人の生徒や教員の証言を得て46ページに及ぶ。
 担任の認識の甘さや、教員間の連携、管理職の見通しの不十分さを列挙し
「教職員一人一人の猛省」を求めた。

 もう一つは、亡くなった子の声を聴こうとしたことだ。
 どんな子だったか。自殺前の言動は。市教委の指導主事が生徒らに聞き取りを
重ねた。残されたメモやメールを読み、好きだった音楽を聴き、死を決意する
までの葛藤にぎりぎりまで近づこうとした。

 すべてが解決したわけではない。いじめた生徒はまだ謝罪していない、と
篠原さんは感じている。川崎市の学校では今もいじめが起きている。
 だが、死んだ子の立場に立って事実を明らかにしようとする作業なしには、
家族や教職員、生徒が再び立ち上がれないこともまた事実なのだ。
 いじめで揺れる大津市の第三者調査委員会は年内にも結論をまとめる。
 今月、大津市で開かれた遺族のミニ講演会で、篠原さんは初めてマイクを握った。
「亡くなった子が何を思い、何に絶望したかを解明するのは残された者の責務です。
隠蔽からは何も生まれません」
 涙ぐみながら訴える篠原さんの話を聞きながら、私は思った。命を絶った子の
代わりに本人が何を言いたかったかを伝え、事実を知りたいという遺族の願いに応え、
いじめた子に自分と向き合う機会をつくる。
 子どもを死なせないための第一歩として、そんな報告書を待ちたい、と。


 これとは対照的に、龍野高校と兵庫県は調査委員会を設置していません。
 それどころか、石原元秀校長(当時、現・岡山白陵中高校長)が作成した
事故報告書には

「顧問のM教諭(当時)が練習メニューについて詳細に指示していたこと」
「教諭がだれも練習に立ち会っていなかったこと」
「事故発生時の対応マニュアルを作成していなかったこと」

など、重大な事実が記載されていないことに代表されるように、隠蔽と捏造に
満ちたものです。
 石原氏は事故報告書を、いったいなんの目的で作成したのでしょう?
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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