兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

筋金入りの無責任体質@豊橋市

[ 2012/08/28 06:37 ]
 2010年6月18日、浜名湖でカッターボートが転覆し、野外活動に参加していた
愛知県豊橋市立章南中1年生だった西野花菜さんが死亡するという、たいへん
痛ましい事故が発生しました。
 父親の西野友章さんは12年8月26日、「全国学校事故・事件を語る会」が
名古屋市で開催したシンポジウムで事故発生に至る経緯と、学校と豊橋市の
事後対応について発表しました。

 気象庁は事故発生当日の12時02分、静岡県西部地域に大雨・雷・強風・波浪・洪水
注意報を発令していました。
 国土交通省の資料によると、出港時の時間雨量は24mm。
 これは気象庁の予報用語では「強い雨」であり、体感では「どしゃぶり」に相当する
ものです。
 にもかかわらず章南中1年生96人が乗り込んだカッターボート4隻は14時30分、
荒天のなか静岡県立三ケ日青年の家を出港しました。

 なぜこのような無謀なことが行われたのでしょうか?
 校長(当時)は、「昼前に確認した時点では注意報は発令されていなかった」ことを
理由として挙げています。

 激しい風雨に生徒たちは不安を訴えていましたが、教員たちは
「生徒たちが力を合わせてカッターボートを漕ぐことで、規律・忍耐・協力の精神を
培うことができる」
として、この教育目標を達成すべく予定どおりに出港したのです。

 生徒たちと引率教諭6人は大型艇2隻、小型艇2隻に分乗していました。
校長と養護教諭は乗船せず、港に残りました。
 大型艇には三ケ日青年の家のスタッフが乗船していましたが、小型艇には
それぞれ教員2名が乗船していただけで、施設のスタッフは不在でした。
 風雨と高波によって生徒たちは激しい船酔いに見舞われ、まもなく操船不能と
なりました。
 このため教諭らは救助を要請し、レスキュー艇が現場に向かい曳航を開始しました。

 しかし指定管理者である小学館集英社プロダクションは、10年4月に静岡県から
業務委託を受けたばかりで、しかもこの時点でスタッフは全員が入れ替わっており、
10年6月に勤務していたスタッフには、だれひとり曳航経験はありませんでした。
 きわめて厳しい状況下にあって曳航はうまくいかず、小型艇であるC艇は転覆、
乗っていた生徒18人と教諭2人は、浜名湖の水面に放り出されました。
 このなかに西野花菜さんも含まれていました。

 暴風雨のなか、三ケ日青年の家は浜松市消防本部に救急出動を要請。
 遭難者は順次救出され、保護者の携帯メールにも
「転覆事故が発生したが全員無事」
との一報が入りました。
 テレビでも、同様の内容のニュース速報が流されました。

 しかし実は点呼は実施していなかったことが、のちに判明しています。
 クラスメートたちの
「花菜ちゃんがいない!」
という必死の訴えも、一顧だにされることもありませんでした。
 花菜さんは17時過ぎ、転覆からおよそ2時間半後。
 転覆したボートのなかで、心肺停止状態で発見されました。
 ただちに緊急搬送されましたが、残念ながら死亡が確認されました。
 12歳でした。

 会場からは、
「花菜ちゃんには、救助隊が到着してクラスメートが救出される様子が聞こえて
いただろう。もうすこししたら、自分も救助してもらえる。そういう希望をもって
がんばっていたに違いない。
 中学校に入学してわずか2カ月、という子どもの体力を考えれば、救出に時間が
かかり過ぎたと指摘せざるを得ない。あまりにも不憫で、かわいそうでならない」
「それにしても校長の判断は軽率に過ぎる!教師も、だれひとり出港を見合わせ
ようと進言しなかったのは、まったく腑に落ちない」
と、涙ながらに憤りをぶつける声が相次ぎました。

(この項つづく)
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プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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