兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

その後の大分県立竹田高校について(その5)

[ 2012/05/29 07:00 ]
 2012年5月24日午前10時から、大分地裁3号法廷(中平健裁判長)で
行われた証人尋問を、「剣太の会」の皆さんはもとより、全国各地から
駆けつけた多くの支援者とともに傍聴してきました。
 証言台に立ったのは09年8月22日、竹田高校剣道場で行われていた
練習中、顧問のS教諭(当時)のきわめて不適切な対応と暴行によって
亡くなられた工藤剣太くんの弟・風音くんと、父・英士さんです。

 事件の概要につきましては、当ブログの12年4月3日付をはじめ、
過去の記事をご参照ください。
 今回は、尋問で初めて明らかになった点について、ご報告します。

 Sは09年度、竹田高に着任しました。
 同年6月に3年生が引退し、男子3人・女子2人、計5人の2年生が
話し合った結果、剣太くんが主将となりました。
 剣太くんは小・中とも剣道部主将を務め、特に男子3人は小学校から
一緒でした。
 つまり、同期部員全員が剣太くんのリーダーシップに一目置いていた、のです。

 ところがSは、日頃から剣太くんに対して
「おまえは根性がない!」
「おまえみたいにできない主将は初めてや!」
といった暴言を繰り返していました。
 しかしSがそのように判断した根拠は、今日に至るまで明らかになっていません。

 風音くんは証人尋問で、剣太くんがSについて
「なにを考えているのかわからない」
「なぜおれが怒られているのか?意味がわからない」
と、もらしていたこと。
 さらに、剣太くんが亡くなる前日の09年8月21日の練習について。
 Sは練習には立ち会っていませんでしたが、主将である剣太くんに
「足が動かなくなるまでやれ!」
と指示していたことを明らかにしました。

 そして8月21日の練習終了後。

 剣太くんと部員2名がSのもとに報告に行くと、Sが
「おまえらここまでどうやってきたんか。歩いてきたんやろうが。ふざけんな!
足が動かんくなるまでやれ、ちゅうたろうが!明日の練習は覚えちょけよ!」
と怒鳴りつけたことを、証言しました。

 このようなSの発言に合理性を見出すことは、きわめて困難です。
 難癖をつけ、からみ、脅迫する。
 これはまさに、反社会的勢力の論法だと言わざるを得ません。
 すなわちSとは教員として、というより社会人としてきわめて不適格な人物、
と判断するよりほかないようです。

 風音くんは、
「体力のある兄がボコボコにされて死んだ。部活動で死ぬなんてありえないこと!」
と、涙をこらえながら訴えました。

 そして英士さんが、Sがかつて勤務していた佐伯鶴城高や大分舞鶴高でも
「プラスチック製の竹刀のつばを生徒の後頭部にたたきつけ、裂傷を負わせる」
「倒れた生徒の左手を踏みつけ、靱帯断裂の重傷を負わせる」
「パイプいすで生徒を殴りつける」
などの暴行を繰り返していた、との証言を得たこと。
 そして英士さん自身、竹田高剣道部保護者会長として練習を見学したとき、
「剣太はSを相手に、かかり稽古と呼ばれる、実戦に近い形式の練習をしていました。
 かかり稽古を終えた剣太がSに一礼して、数歩歩いていきました。
 そのときSが剣太を呼んだようですが、その声に気づかなかった剣太の
腰に、いきなり蹴りを入れた」
ことを証言しました。

 これらの行為が「指導」の名に値しないことは、言うまでもありません。

 Sは身長180cmを超え、体重も100㎏に達しようかという巨漢です。
 そのSが、高校生に対して手加減もせずに、暴行を加えるのです。
 かつての勤務先で死亡事件が発生しなかったのは、単なる偶然にすぎず、
運がよかっただけ、です。
 では竹田高校で工藤剣太くんが亡くなったのは、単に
「運が悪かったから」
という理由で、かたづけていい問題でしょうか?
 断じてそのようなことはありません!

 被害に遭った生徒や保護者は、後難を恐れてでしょうか、泣き寝入りした例が
多いですが、しかし一部の保護者は校長に苦情を訴えています。
 ところが大分県教育委員会は、Sの行状について把握していませんでした。

 Sは監督として、玉龍旗高校剣道大会優勝に導いた実績があります。
 このため実態はともかく、表向きは優秀な指導者、ということになります。
 校長にとって部活動の「実績」は、自身の在任中の「実績」と、位置づけられます。
 それは校長にとって、自身の定年後の処遇を計算に入れれば、けっして
「悪い話ではない」ですし、それどころか、「とってもおいしい話」なのです。

 したがって、Sの行状の陰の部分については不問に付す、というのが暗黙の了解
となりました。
 この結果、Sには剣道部王国の絶対権力者として君臨し、暴言と暴力をもって
生徒たちを支配する権利を与えることとなったのです。

 そして校長は、保護者の苦情に対して
「安心してください。S先生は竹田高校に異動することになりました」
と、平然と説明しているのです。
 すなわち他校に異動させてしまえば、自らの管理責任を問われることはない、
という卑怯で愚劣な対応が、大分県に蔓延しているのです。
 この無責任体質こそが根本原因です。

 生徒たちの犠牲のうえに成り立つ名誉や名声など、価値はあるのでしょうか?
 まさに砂上の楼閣としか言いようのないものです。
 しかし生徒たちは未成年です。
 暴言と暴力がSの「指導方針」であると意識に植え付けられてしまえば、これを
受け入れざるを得ません。
 生徒たちをマインドコントロールから解放するには、大人が力を貸すしかないのです。
 ところが校長が黙認し、副顧問がSに追従する状況において、Sが反省などする
わけがありません。
 現に、大分地裁の傍聴席でも
「Sはいまも『自分は悪くない』と言いつづけているらしい。反省などしていないようだ」
という声が聞かれました。

 工藤剣太くんとご家族には、たいへん失礼な言い方になりますが、
「Sは、いつか取り返しのつかないことをしでかすのではないか」
という危惧が、現実のものとなったに過ぎない、のです。
 剣太くんの死は、Sが勤務した各校の歴代校長が招いた人災です。

 大分県警は、すでにSを書類送検しています。
 大分地検が刑事事件として立件し、司法の場でSの責任を追及することが不可欠で
あることは、あらためて指摘するまでもありません。
 これと並行して、大分県教委の対応を検証しなければ、第二・第三のSを生み出す
おそれがあります。
 これは工藤剣太くんに対する最大の冒涜です。

 そして無責任体質は、大分県固有のものではありません。
 全国の教育現場に蔓延している、きわめて重大な問題です。
 教育の主体は生徒です。
 生徒のいのちを軽視する不適切な「指導」など、断じて容認するわけにはいきません。
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heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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