兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

滋賀県愛荘町、一転して過失認める

[ 2012/01/26 08:50 ]
 2012年1月25日付朝日新聞滋賀版に、

 柔道部の練習中に意識不明になり、約1カ月後に死亡した愛荘町立
秦荘中学1年の村川康嗣君(当時12)の母弘美さん(44)が、
指導した元顧問(29)と町に損害賠償を求めた訴訟の第4回口頭弁論
が24日、大津地裁(長谷部幸弥裁判長)であり、これまで争う姿勢を
示していた町が一転して元顧問の過失などを認めた。

 訴状などによると、村川君は2009年7月、上級生と技をかけ合う
「乱取り」を繰り返した後、代わった当時の顧問に大外刈りを返された
直後に意識を失い、8月24日に急性硬膜下血腫で死亡した。
 原告側は、村川君が初心者だったにもかかわらず、元顧問が過酷な練習
を続けさせたことは安全配慮義務違反に当たると主張。これに対して被告
側は、これまで村川君の受け身の技術は他の部員と変わりなく、乱取り中
も異常はなかったなどと主張し、請求の棄却を求めていた。

 この日の口頭弁論で、町側の弁護人は「元顧問の過失については争わない」
と述べ、責任の一部を認めた。次回の口頭弁論で、その責任の範囲と賠償額
について主張するという。一方、元顧問の弁護人は「当面の間は争う」と述べた。

 閉廷後に取材に応じた村川君の伯父の義弘さん(50)は「11月にあった
前回の口頭弁論では、被告側はカルテの開示を求めようとするなど対決姿勢
だったが、一転して主張が変わり、困惑している。いたずらに裁判に時間を
かけただけだとしたら、あまりにも遺族を愚弄した態度ではないか」
と憤りを見せた。

という記事がありました。

 記事にもありますが康嗣くんは当時中1、しかも柔道は初心者でした。
 上級生との乱取りで、すでに疲労困憊していましたが、元顧問は康嗣くんにのみ
休憩を許しませんでした。
 そして康嗣くんと元顧問とでは、体格も体力も技量も経験も。
 まったく比較にならないことは、言うまでもありません。

 村川義弘さんは「滋賀県愛荘町立秦荘中学校柔道部事件」
http://judojiko.blog58.fc2.com/
で、

(前略)愛荘町が、損害賠償金を出来るだけ安くし、そして、とにかく
そのお金をはらって、裁判を早く終結させたいからではないかと私は思います。
(中略)これ以上、事故の責任論を法廷の場で主張すれば事故の不当性が
より明らかになり、それが報道される事は愛荘町にとって不利益であるので、
とにかくお金で解決がしたいという愛荘町の意図を感じます。

 一人の子供が死亡した事故であるにもかかわらず、その事故の本質的な
議論をさけ、とにかくお金で解決するという姿勢には、愛荘町がこの事故に
対して正面から向き合おうとしていない事を感じます。
 そこには、真摯な反省の態度も、なんらの誠意も感じません。(後略)

と、あらためて強い憤りをあらわにしています。

 損害賠償請求訴訟の場合、原告は提訴に際して請求金額を設定することを
余儀なくされます。
 しかし、子どものいのちに値段などつけられるはずがありません。
 請求金額の算定は、まさに苦渋に満ちた決断なのです。

 学校事故・事件被害者の皆さんは、真相究明と名誉回復、そして再発防止を
求めて裁判を闘っていらっしゃいます。
 「勝訴判決と賠償金が得られれば、それで満足」というご家族など
どこにもいらっしゃいません。
 それはリサさんのご両親も、まったく同じです。

 学校管理下で事故を繰り返し発生させている龍野高校の体質に疑問を抱き、
龍野高校が「安心安全で、すべての生徒が心身ともに健康に成長する学び舎」
になることを、切に願っているのです。
 そのために事実に真摯に向き合い、反省すべきは反省し、改めるべきは改め、
謝罪すべきは謝罪するよう求めているのです。
 龍野高校および兵庫県の関係者は、この痛切な声に耳を傾け、
「あたりまえのことを、あたりまえに実行する」
と決意し、具体的な行動を起こすことが喫緊の課題です。

 リサさんの次回口頭弁論は2月17日13時15分@神戸地裁204号法廷です。
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Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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