兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

第9回口頭弁論

[ 2011/12/15 13:07 ]
 第9回口頭弁論は2011年12月13日13時15分から
神戸地裁(角隆博裁判長)で行われました。
 年の瀬を迎え、あわただしい時期にもかかわらず、今回も
全国各地から多数の支援者が集まりました。

 裁判の争点は
「リサさんが倒れたのは熱中症によるのか否か」
そして
「リハビリの効果に期待できるのか」
という2点です。

 原告の意向を受けて、すでに合計5人の医師が
「熱中症によるものであり、リハビリには効果がある」
という意見書を作成し裁判所に提出していましたが、被告側は、
これに反論する意見書を提出しました。
 しかし原告側の医師によれば、
「被告の反論に正当性はなく、責任回避を唯一の目的とする、
らちもない空疎な内容に終始するもの」
にすぎません。
 ましてや、リサさんに一度たりとも会ったこともない補助参加人・
東京海上日動火災保険の顧問医が
「リサさんには気質的な問題があった」
とまで一方的に踏み込んで指摘したことは明らかに勇み足であり、
まったく根拠のない、きわめて不当なものです。
 こうした被告の姿勢には全員の医師が、
「たいへんけしからんものであり、到底看過することはできない」
として、再度意見書を作成して提出しました。

 かつてご自身も学校事故の被害に遭い、行政と戦った支援者からは、
「二度目の意見書を書いてくれるとはきわめて異例なこと。医師団は
事実の重みがあるからこそ、これを直視し意見を述べてくれたのだ、
と確信している」
という声があがりました。

 被告・兵庫県は、第9回口頭弁論の直前になって、裁判所に鑑定申請を
しましたが、これは自らの主張に説得力がないことを認めるようなもので、
熱中症に関する判断を裁判所に委ねようとするものです。
 しかし角裁判長は、
「まず事実関係を明らかにし、事故発生当時の記録をあらためて精査し、
原告・被告双方が意見書を提出したうえで証人尋問を行う。鑑定については、
そのあとで検討すべきだ」
との考えを明らかにし、鑑定にはきわめて慎重な姿勢を示しました。

 07年度龍野高校女子テニス部顧問だったM教諭(現・姫路南高校教諭)は
リサさんが緊急搬送された兵庫県立姫路循環器病センターでリサ父の姉、
つまりリサさんの伯母夫妻と顔を合わせた際、
「ぼくが(練習に立ち会って)いたら、こんなことにはならなかった」
と率直に過失を認めていた、といいます。
 M教諭と石原元秀校長(当時、現・岡山白陵中高校長)は証人として出廷する
予定ですが、これに先立ち12年1月末までに陳述書を裁判所に提出することに
なっています。
 M教諭には、自らの発言を否定したり、あるいは「あれは強要されたもの」
などとして発言を翻すことがないよう期待するばかりです。

 開廷前、廊下に車椅子に乗ったリサさんが姿を現すと支援者が話しかける
という光景が、口頭弁論のたびに繰り広げられていますが、
「声のするほうに顔を向ける、その反応速度がずいぶん速くなった」
「話しかけたら笑ってくれることも格段に多くなった」
と、懸命にリハビリに取り組んだ成果があらわれて快方に向かっている、
すなわち「リハビリ不要論」など、なんの根拠もない虚構に過ぎない、
と多くの支援者が口々に語りました。

 今回、きわめて特徴的だったのは報告集会終了後、会場である
神戸市立婦人会館の女性職員の方が「リサちゃん」と声をかけ、リサ母にも
「ずいぶん状態がよくなってきてますね」
と話しかけたことです。
 もちろんこの職員の方と、面識があるわけではありません。
 およそ2カ月に1回行われる報告集会に出席するリサさんの様子を眺め、
そして率直な印象を口にした、にすぎません。
 見知らぬ方がリサさんの様子を気にかけてくれて、快復基調にあると
語ってくれたことが、ご両親にとってどれほど心強いことか。
 そしてこの一事をもって、被告・兵庫県の主張がいかに脆弱なものか。
明らかになったのではないでしょうか。

 ご両親は、ご自分たちの母校でもある龍野高校に対して
「安心安全で、一人ひとりの生徒を大事にする学び舎になってほしい」
という思いから提訴されました。
 この痛切な声に、真摯に向き合うことをしないというなら、龍野高校の
存在意義とは、いったいなんなのでしょう?
 次回口頭弁論は12年2月17日13時15分から神戸地裁204号法廷で
行われます。
 次回から開廷日が金曜日に変わります。ご注意ください。
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Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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