兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。
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大津市教委の無責任体質について

[ 2013/02/26 08:39 ]
 当ブログ2013年2月22日付記事の続報です。
 11年10月、いじめを受けていた大津市立中2年の男子生徒(当時)が
自殺した問題について、生徒が在籍していた中学校と大津市教育委員会は、
いずれも平成25年2月14日付で
「第三者調査委員会調査報告書を受けての学校における検討結果」と
「第三者調査委員会調査報告書を受けての教育委員会における検討結果」
を作成し、本郷吉洋教育委員長が2月19日、越直美市長に提出しました。

 まず指摘しなければならないのは、文書の作成者名がそれぞれ
「大津市立皇子山中学校」と「大津市教育委員会」となっていることです。
 すなわち「だれが」作成したのか、不明のままです。
 常識的に考えれば、いずれも最高責任者である校長と教育委員長の権限に
おいて作成したものと推定はできます。
 しかしあくまで推定であって、確定ではありません。
 こんなところにまで、無責任体質が蔓延していると判断すべきでしょう。

 また「検討結果」の記載内容を検討すると、たとえば学校は
「学校として、早期にいじめに気付き、適切な対処ができなかったことを
反省しています」
として、死亡した生徒が暴行を受けている事実を見聞きした教員が複数いた
こと、他の生徒から「いじめではないのか」との訴えがありながら、これを
放置していたことを認めています。
 しかし
「なぜ適切な対処ができなかったのか?」
「なぜ放置していたのか?」
という点については言及がありません。

 しかも「できていなかった」事例は、第三者調査委員会
(委員長・横山巌弁護士)が13年1月31日付で公表した報告書に記載
しているものを、そのまま踏襲したにすぎません。
 自分たちが能動的に得た情報ではなく、
「第三者委が事実として認定したものを、しぶしぶ追認した」
にすぎず、
「なぜ本来やるべきことを、やらないままだったのか?」
という分析、すなわち全容解明と原因究明という
「本来やるべきことを、やらないままでいる」
状況には、まったく変わりはありません。

 「提言を受けての今後の対応」として、
「今回、いじめを未然に防止できなかったことを深く反省し、再発防止に
取り組んでいます」
と書いてはいます。
 しかし、なにしろ原因を究明できていないのですから、
「実効性を担保するために、どのようなアクションを起こすのか?」
という肝心のポイントについて、踏み込めていません。
 したがって、たいへん残念なことに
「生徒達にしっかりとした人権教育をしていくことが必要と考えます」
という、抽象的で的外れなものにとどまっています。

 これは市教委も同様で、第三者委が報告書で指摘した「できなかった」
事実を認め、繰り返し「反省」を表明してはいます。
 しかし、
「なぜ大津市教委は反省しなければならないのか?」
という説明はありません。
 すなわち、「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」すべきだったのか?
という具体的な検証がなされていないため、ただ口先で「反省」を表明して
いるにすぎないのです。


 全国学校事故・事件を語る会の代表世話人、内海千春氏は
「第三者委が報告書を発表した時点で、この事件の着地点が見えてくる
のではないかと思ったが、それは誤りだったようだ」
と強い不快感を表明しました。

 というのも第三者委は学校と市教委の事後対応における問題点、すなわち
「事態の沈静化を重視し、事実解明より法的対応を優先した」
「原因を家庭に転嫁しようとし、組織防衛に走った」
などの点について、報告書で厳しく指摘しているにもかかわらず、
「学校と市教委の『検討結果』は、第三者委の指摘に釈明もしていない」
こと。

 さらに、いじめと自殺の因果関係について
「『判断できない』と説明してきた」
という、事後対応における経過については記述がありますが、では
「報告書を検討した結果、最終的にどう判断しているのか?という自らの
見解については、学校も市教委も言及していない」
ことを指摘し、
「最も肝心なポイントを曖昧にしている姿勢は、第三者委が指摘した
沈静化の構図そのものではないか。学校と市教委の検討結果は、稚拙なもの
というよりは、報告書を無視したものというべきだろう。
 『反省』を表明してはいるが、実態は事件発生直後のスタンスを維持した
ままと判断せざるを得ない」
との見方を示しました。

 そのうえで、今後事故・事件が発生した際にも
「学校と教委は引き続き事実の不可視化を図り、問題の本質をすり替え、
なりふりかまわず沈静化に奔走するのではないか」
との危機感を表明し、
「真相究明と再発防止を実現するためのプロセスは、まだ緒についたばかりだ」
と述べています。
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プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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