兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

筋金入りの隠蔽体質@神戸市(その7)

[ 2012/09/26 22:54 ]
 2012年9月25日付毎日新聞大阪本社版は、

 生き地獄だった。学校がきちんと調査していれば−−。
 神戸市立小5年の時いじめに遭った少年(17)=県立高3年=が24日、
両親とともに同市教委を訪れ、当時の学校の不十分な調査について謝罪を求めた。
 市教委の担当者は、いじめがあったと断定できないと繰り返す一方、
「学校への支援が足りなかった」と少年に初めて直接謝罪した。
 「納得はできないが、僕は生きていたから謝罪の言葉が聞けた。二度といじめが
起こってほしくない」。少年はそう訴える。

 少年は05年度、同級生7人から約50万円の恐喝・たかり行為などを受けた。
 少年が、うち3人の保護者たちを相手取った損害賠償訴訟でもいじめが認定され、
確定した。
 しかし市教委は08年2月、1審・神戸地裁に
「いじめ・恐喝の事実があったか断定できない」と文書で回答。
 市教委が文書で「被害者の保護者の要望で本人に直接事実確認ができなかった」
などとした部分は虚偽で、いじめを隠蔽しようとしているとして、少年の支援者が
市議会に市教委への指導を求め陳情している。

 この日、少年と両親は「学校は(少年を含め)何度も話を聴いた。加害側からも
聴取していったんいじめを認め、市教委に報告した」とただした。
 市教委の林弘伸指導部長は「当時は市教委におらず、その後の報告もなかった」
などと答えたが、少年から「学校がきちんと調査していれば、こんなにつらい思いを
しなかった。謝ってほしい」と迫られ、「当時の指導体制の甘さ、不十分さは申し訳ない」
と謝罪した。

 ◇同級生のラジコンだった−−神戸の少年が当時を語る
 少年はこの日、初めて報道機関に当時の心境などを語った。
 ボール遊びの標的にされるといった暴力や、「きもい」などの言葉によるいじめが
繰り返される毎日を、「いま思えば、僕は同級生から操られているラジコンのようだった」
と振り返る。
 「感情がなく、いじめられるために自動的に学校に行き、親に言うなんて思いもしなかった」
と言う。
 同級生に渡すため親の財布から現金を抜き取った時、恐れたのは親より加害者だった。
 06年2月、父(49)がいじめに気づいて学校に連絡。少年も被害を訴えたが、ある教師に
「そんなこと言うからいじめられる」と言われた。
 「先生は守ってくれない」と強い不信感を持っている。
 自殺しようと自宅マンションの屋上に行ったことも2回ある。
 「死ぬ気力がなく飛び降りなかったが、自殺したい気持ちは分かる。でも抱え込まず、
お父さんやお母さんに打ち明けてほしい。きっと味方になってくれる」と訴える。

と伝えています。


 林弘伸氏は事件発覚直後の06年4月、神戸市教育委員会指導課長に就任しました。
 いじめ行為がエスカレートすることを恐れた保護者が、被害少年の転校を申し入れた際も、
書類を受理しようとしないなど妨害工作を画策しました。
 なぜなら転校を認めることは、いじめがあったことを認めることになるから、です。
 このように林氏は、なりふりかまわず隠蔽工作に奔走しました。

 神戸地裁に、「いじめ・恐喝の事実があったか断定できない」との文書を提出したのも、
ほかならぬ林指導課長でした。
 「指導体制が不十分」だった当時の指導課長として、いまになって謝罪したところで、
責任を免れ得るものではありません。
 にもかかわらず林氏は09年4月、神戸市立中学校長に着任し、現在は市教委指導部長を
務めています。
 では現在の神戸市教育委員会は林指導部長のリーダーシップにより、その指導体制に
「甘さなどなく十分なもの」となっているのでしょうか?

 今回、被害者と両親は当時の小学校長、片寄八朗氏にも面談に同席するよう文書で
申し入れましたが、片寄氏は
「今は、意見を述べる立場にありません」
とのみ文書で回答し、面談には応じませんでした。

 片寄氏は06年2月、校長として「いじめ・恐喝事案」が発生したとする報告書を作成し、
神戸市教委に提出しています。
 そして被害者と両親が片寄氏に求めているのは謝罪であって、同氏の意見などでは
ありません。

 片寄氏は現在、神戸市職員ではありません。
 しかし一連の経緯に鑑みれば。
 林氏が指導力を発揮し、片寄氏には面談に応じたうえで被害少年と保護者に謝罪するよう
説得すべきだった、のではないでしょうか?
 それが責任ある立場にある人物の、責任ある行動ではないでしょうか?
 皆さんは、いかがお考えでしょう?
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プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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