兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

横浜地裁、学校の安全配慮義務を明確に認定!

[ 2011/12/28 06:11 ]
 2004年12月、横浜市立奈良中学校柔道部で3年生の男子生徒が、
顧問教諭(いずれも当時)に執拗に技をかけられた直後に倒れ、意識不明の
重体になるという事故が発生しました。
 男子生徒は幸い一命は取り留めましたが、高次脳機能障害と診断され、
いまも記憶障害や注意障害に苦しんでいます。

 しかし顧問教諭も奈良中も、説明も謝罪もしないままでした。
 横浜市教育委員会に至っては、1年にわたって「調査」を行いましたが、
柔道部の練習と障害の因果関係は不明、としたうえで、
「男子生徒は登校中、電柱にでも頭をぶつけたのではないか」
と、なんの根拠もない勝手な推測を、いけしゃあしゃあと両親に伝えました。

 被害者である元男子生徒と、両親である小林泰彦・全国柔道事故被害者の会
会長夫妻は、横浜市と神奈川県を相手取って損害賠償請求訴訟を提訴しました。
 この裁判で横浜地裁(森義之裁判長)は11年12月27日、原告勝訴判決を
言い渡しました。

 判決は、部活動の練習において「重大な傷害の結果が生じる危険性」が
あったにもかかわらず、顧問教諭がこれを察知し必要十分な措置を講じなかった
ことがすなわち「過失」であると厳しく指弾し、医学的な専門知識をもたない
顧問教諭が「具体的な傷害の内容を予見できなかった」からといって、
安全配慮義務を免れることはできない、と明確に認定しました。

 民事裁判では原告に挙証責任、すなわち説明責任があります。
 学校裁判では、被告である学校と自治体がこれを盾に取り、
「いつ、いかなる状況下において、傷害が生じたのか?」
を原告に証明するよう、執拗に求めるケースが大半です。
 このようにして医学論争、あえていうならば不毛な神学論争に持ち込んで、
事故の本質とはかけ離れた枝葉末節を争点とする、のが常套手段です。

 しかし当ブログでも繰り返し指摘していますが、学校は情報を隠蔽します。
 学校が発信する情報は、事実とはほど遠く、虚偽に満ちたものばかりです。
 そして事故を目撃した生徒たちには、あからさまに圧力をかけます。
 このような状況において、原告が事故発生に至るメカニズムを事細かに
証明することなど、現実問題として不可能です。
 にもかかわらず裁判所は、実態を勘案することなく学校の言い分を鵜呑みにし、
原告敗訴判決を言い渡す、というのが常でした。

 しかし時代は変わりました。
 南部さおり・横浜市立大学医学部助教は、横浜地裁判決について
「『いつ、どのように』傷害が発生するに至ったかを特定するのは
医学的にもきわめて困難」
であることを認めたうえで、事故の本質により迫るべく
「『子どものいのち』を重視し、『一般的な危険に対する予見義務』を
認定した画期的な判決」
であり、
「適切な練習内容に基づいて指導しなければならないという、指導者の
資質について責任を認定した意義のある判決」
だと、高く評価しました。

 しかし、わたしたちがけっして忘れてはならないことがあります。
 それは記者会見で、母親の小林恵子さんが
「いくら裁判で勝ったところで、元気な息子が帰ってくるわけではない」
とおっしゃった、そのひとことです。

 南部氏が指摘するとおり、
「事故が起こって幸せになる人は、ひとりもいない」
のです。

 これはあたりまえのことです。
 しかし、あたりまえのことをあたりまえに行わないから事故が発生し、
そのために辛く悲しい思いをする生徒と保護者を生み出しているのです。
 この事実を、わたしたちはあらためて肝に銘じなければなりません。

 龍野高校教職員、および兵庫県教育委員会の皆さんに伺います。
 皆さんが職業を選択するに際して、「教員」という職業を選んだのには、
なにか理由があったのではないですか?
 それは生徒たちに寄り添い、ともに学び、ともに生き、ともに成長し、
彼ら彼女らの喜びをわが喜びとしたい、という理想があったから、
ではないのですか?
 そのためには安心安全で、彼ら彼女らが心身ともに健康に成長する
ための環境を整備することが、まず第一歩ではありませんか?

 残念ながら龍野高校では、環境を万全には整備できなかった、という
事実が明らかになっています。
 安全でだれもが安心できる教育環境を提供できなかった。
 だから07年5月24日、女子テニス部の練習中にリサさんが倒れ、
いまも意識が戻らないのだという事実に、どうか真摯に向き合ってください。
 事故を精緻に調査し、原因を究明し、説明責任を果たしてください。
 そして「二度と学校管理下で事故を起こさない!」という決意を
目に見えるかたちで示すべく、態勢を整えてください。
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プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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