兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。
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第8回口頭弁論

[ 2011/10/21 17:32 ]
 第8回口頭弁論は2011年10月11日13時20分から神戸地裁
(角隆博裁判長)で行われました。
 蒸し暑さがぶりかえすなか、全国各地からたくさんの支援者が
集まりました。
 今回も傍聴席に入りきれずに、廊下で審理の行方を見守った
支援者も多くいました。

 傍聴席に大挙して陣取った兵庫県教育委員会の皆さん。
 車いすで出廷したリサさんの姿を目の当たりにして、
いかなる思いがあなたたちの胸に去来したのでしょうか?
 「二度と学校事故を発生させない」という固い決意であり、また
「リサさんとご家族に大変つらい思いをさせてしまったことへの
反省と悔恨」であらんことを強く願うものです。

 兵庫県が提出した第7準備書面には、
「軽度の熱中症は、高校生であれば、教諭が不在でも生徒らにおいて
適切な措置をとることが十分に期待できる」
とあります。
 しかし、いかなる根拠によって「十分に期待できる」のか?という
肝心なポイントについては、一切言及していません。
 当ブログでも再三にわたって指摘していますが、龍野高校はすべての
生徒に救急救命講習の受講を義務づけているわけでもなく、
「健康管理は自己責任」として突き放しています。
 文部科学省が明示しているガイドラインを厳密に順守しているとは
到底言い難い、のが現状です。

 ましてや07年度は、校舎建て替え工事のため校内のテニスコートが
使用できなかったことから、学校から約1㎞離れた市営コートでの練習を
余儀なくされていました。
 かかる環境にあって、校外で部活動を行う際の事故対応マニュアルも
作成しないまま、中間テスト明けで生徒たちの体力も万全でない状況で、
顧問教諭(当時)が3時間を超える練習メニューを消化するよう、
主将だったリサさんに細かく指示していたことが明らかになっています。

 龍野高校長が「やるべきことをやらないでいた」ことへの、
兵庫県が「指導すべきことを指導しないまま放置した」ことへの反省も
ないまま、臆面もなく未成年である生徒たちに責任を転嫁しています。
 このため支援者のあいだからは、
「もし07年5月24日に倒れたのがリサさんではなく、ほかの部員
だったら、石原元秀校長(当時、現・岡山白陵中高校長)以下教員は
自分たちの責任を棚に上げて、主将だったリサさんの管理責任を追及
したのではないか?」
という声もあがっています。

 これは声を大にして言っておきます。
 リサさんのご両親も支援者の皆さんも、
「当時の女子テニス部員が迅速かつ適切に対応できなかったことが事故の原因」
などとは、まったく考えていません。
 事故が発生したことは大変悲しく、きわめて残念なことです。
 しかしもっと残念なことは、事故が発生したという事実を直視しようとせず、
反省もせず、再発防止に全力をあげようともしない龍野高校の姿勢そのものです。

 兵庫県と、兵庫県が加入する東京海上日動火災保険は、
「リサさんにリハビリを行っても機能回復は望めない」
と、まさに血も涙もない「リハビリ不要論」を展開しています。
 これは事故発生時の状況も、術後の経過も、ご家族の努力も、現在の状態も。
 一切見たこともない保険会社の、それも「専門分野ではない顧問医」が、
主張しているにすぎません。
 このような立場の方が意見を述べることに、何の意味があるのでしょう?
 原告の意向を受け、発生時から状況を見続ける3人の医師が、これまでの
リハビリによる回復状態を記した、それぞれの意見書を裁判所に提出しました。

 現に傍聴に参加した龍野高校61回生の諸君は、
「事故発生直後、入院先にお見舞いに行ったときには気管切開していたし、
たくさんの器具や管が取り付けられていました。明るくて活発な、本来の
リサさんを知っているだけに、見ていて本当につらかったです」
と回顧しつつ、
「あの頃に比べると表情も豊かになってきたし、状態も落ち着いてきたんだな、
と実感しています」
と、専門家の力を借りながら懸命にリハビリに取り組んできたことが、徐々に
ではありますが、効果をもたらしつつあることを裏付ける証言をしてくれました。

 入院当初、ご両親はお見舞いに訪れた教諭から、龍野高校で起きた事故や不祥事
について、学校が検証も改善もせず、ひた隠しにしていることを聞かされました。
(具体的な内容については今後掲載していきます)

 それがある時期から、お見舞いがぱたっとなくなりました。
 リサ父は、ある教員から
「石原校長から、
『あなたがたは、いつまでも龍野高校の教諭ではない。
病院にはあまり行かないように。学校のことは一切話をしないように』
と言われたため、お見舞いに行きづらくなった」
と聞かされたことを明らかにしました。
 そのうえで、
「入院中の在校生を切り捨てるようなまねをしてまで、石原校長は
いったいなにを守ろうとしているのか?と、まさに愕然とした」
と証言しました。
 石原氏のような人物を「教育功労者」として表彰してしまった兵庫県の
姿勢には、強い疑問を禁じえません。

 龍野高校61回生の諸君は、法廷でも報告集会でも熱心にメモを取り、
専門用語が飛び交うなかでも真剣に耳を傾けていました。
 かつて学校事故でお子さんを亡くされた方からは、
「お嬢さんの同級生が数多く支援してくれている。これがご両親にとって
どれほど心強い支えになっているだろうと思うと胸がいっぱいになります。
 どうかこれからも変わらぬ友情を、と心から祈っています」
という励ましの言葉もありました。

 ご両親は、
「学校は安心安全で、生徒たちが心身ともに健康に成長するための場所です。
 しかし現実には、校長の個人的な体面を守り、表彰を受けるための足場を
築く場になってしまっています。これはたいへん遺憾なことです。
 重篤な後遺障害に苦しみ、挙句の果てには命まで奪われる生徒を数多く
出しておきながら、事故の検証も説明も謝罪もせず、再発防止策も策定して
いません。
 生徒の命を軽視し、安全を担保しようともしないにもかかわらず、
自らの保身のために奔走する校長の姿勢は、いかがなものでしょうか。
 ことの善悪を判断することもなく、校長を組織ぐるみで守ろうとする
県教委の体制も、誠に残念でなりません」
と訴えました。

 第9回口頭弁論は12月13日13時15分、神戸地裁204号法廷で
行われます。
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プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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