兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。
月別アーカイブ  [ 2011年09月 ] 

筋金入りの隠蔽体質@神戸市

[ 2011/09/28 09:13 ]
 神戸市立小学校で2005年度、当時5年生の男子児童に対し、
同学年の男女児童13人が集団で暴言を吐き、暴行を加え、恐喝して金品を
まきあげるという、いじめ事件が発生しました。
 被害児童と保護者は、被害の実態を担任教諭・教頭・校長に訴え、
学校側は加害児童と保護者にも面談し、被害児童の主張が事実であることを
把握しました。
 結論からいうと、その後被害児童は転校し、いまも元気に生活しています。
 またいじめと恐喝については、加害児童と保護者に対する損害賠償請求訴訟を
提訴し、神戸地裁・大阪高裁とも原告全面勝訴の判決を言い渡し、確定して
います。

 ではなぜ、もう決着がついたはずのいじめ事案について、いまあらためて
問題提起しようとしているのか?
 それは神戸市教育委員会が、本事案を「いじめとは判断できない」とする
姿勢を堅持しているからです。

 被害児童と保護者にしてみれば、不当に人権を侵害され名誉を毀損され、
身体的にも精神的にも経済的にも大きな被害を受けたわけですから、これに
対する補償を求めて闘うのは当然です。
 そして加害児童と保護者も、いじめと恐喝の事実があったことを認め、
損害賠償に応じました。

 ところが神戸市教委は、合理的な理由を明示しないまま
「いじめとは判断できない」
とし、その旨を記した文書を裁判所にも提出しています。
 しかしその主張は司法の場で否定され、したがって原告全面勝訴判決が
確定しているのです。

 であれば、いじめであると認識を改めるのが当然なのですが、しかし
なぜか「いじめとは判断できない」との立場を崩していません。
 いかにも理解に苦しむ、不可思議な行動です。

 そして神戸市教委の主張が事実であるとすれば、神戸地裁も大阪高裁も
きわめて不当な判決を言い渡し、無実の子どもたちに濡れ衣を着せたという
ことになります。
 あくまで自分たちの主張が正しく、裁判所は冤罪事件をでっちあげた、
というのなら、声を大にして司法の判断をただすべきでしょう。
 しかし、そういう努力をした形跡は見当たりません。
 神戸市教育委員会は子どもたち、そして市民の人権について、きわめて
無神経であるといわざるを得ません。

 被害児童と保護者が求めているのは、事実をきちんと把握し記録に残し、
名誉を回復することです。
 そして神戸市の教育現場からいじめ行為を撲滅すること、そのために
行政と現場が一体となって真剣に取り組むことです。

 被害児童がいじめ被害を訴えても、当時の担任と生徒指導係教諭は
「いじめられる側にも責任がある」
と個室で、1時間以上にもわたって説教をしました。
 当時の教頭に至っては、
「(いじめられていると)いちいちそんなことばっかり言いに来るから、
よけいにいじめられます。もっといじめられても教頭先生は知りませんよ!」
と完全に突き放したというのです。
 なお、これら3人の教諭はいまも現職で、神戸市立小学校に勤務している
という事実を付記しておきます。

 たいへん由々しき事態であり、校長(当時)も実態を把握し、市教委にも
報告していますが、しかし神戸市教委はいまに至ってもなお
「いじめとは判断できない」
としています。
 いったいなぜ、なんのために、だれのために、これほどまでに頑なな姿勢を
崩さないのでしょう?
 その理由を知りたいと、保護者と「全国学校事故・事件を語る会」関係者は、
3回にわたって神戸市議会に陳情書を提出しました。

 11年9月21日、神戸市議会文教経済委員会で3回目の陳情書についての
審議が行われました。
 そして審議に先立つ9月13日。
 「神戸市教育委員会 職員」から神戸市議会議員全員に対して「内部告発」
が送られました。
 このなかで、
「教育委員会のいじめ隠蔽問題について告発します。被害者の方が訴えている通り
教育委員会が裁判所に虚偽文書を提出したこと、さらに議会で虚偽答弁を行った
ことは事実です」
と明記しています。
 
 にもかかわらず9月21日、神戸市議会文教経済委員会は「審査打ち切り」
としました。
 市民の人権を守り、名誉を回復するための機会を与えない、という結論を
打ち出しました。

 市議会議員は行政を監視し、市民のために働くことがミッションであることは
あらためて指摘するまでもありません。
 ましてや今回は内部告発まであったわけですから、真相を究明し責任を明確化し
実効性ある再発防止策を策定するよう、教育長以下市教委を指導するのは
議員としてあたりまえの行動です。
 神戸市は職員も議員も、市民のために働くという意識が欠落しており、
本来果たすべき職責を放棄している、と指摘せざるを得ません。

 何度もいいますが、「行政のメンツ」なるものや「大人の事情」とやらは、
権利を侵害された子どもや保護者にとっては知ったことではないのですし、
斟酌する必要もないのです。

 権力を持つ強者が多数派を形成し、少数の弱者を蹂躙することなど、
けっして容認してはいけないことです。
 教師たちは、子どもたちにそう教えています。
 であるのならば、自ら率先垂範し、子どもたちが学ぶべき事例を具体的に
示すことこそ、望ましい教育現場なのではないでしょうか?
 なぜ理想を追求しようとしないのでしょう?

 こうした体質は神戸市のみにとどまるものではない、のは当ブログでも
繰り返し指摘しているとおりです。
 たいへん残念なことですが、きわめて不当な実態が、21世紀の民主主義国に
なおはびこっているのです。
 これを放置することは、断じて許されることではありません。
 一人でも多くの皆さんにご理解いただきたい、と切に願っています。
 なぜなら子どもたちの、市民の権利を守ることは、民主社会の根幹にかかわる
重大事なのですから。
スポンサーサイト
プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

最新トラックバック