兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。
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「剣太の会」について

[ 2011/07/25 06:04 ]
 7月22日、大分県豊後大野市で開催された第9回「剣太の会」に
出席してきました。
 これは当ブログの2010年10月28日、12月10日、12月18日
および11年3月3日付記事でご紹介した工藤剣太くんのご家族と竹田高生の保護者、
そして地域住民の方々が中心になって運営している勉強会です。
 今回は竹田市に隣接する豊後大野市でおよそ30人が参加し、約2時間にわたって
スポーツ法学が専門の日野一男・実践女子短大教授の講演を伺ったあと、ぼくもすこし
お話をさせていただきました。

 この会は剣太くんが亡くなった直後、学校側から説明を聞いたものの、その内容に
「納得できない。まったく腑に落ちない」
と考えた保護者が、
「けっして他人事ではない。明日は我が身」
との危機感から立ち上げた、学校事故の再発防止について考える勉強会です。
 剣太くんが亡くなったのは09年8月22日。
 第1回「剣太の会」が開催されたのは10年2月13日。
 つまり1年5カ月で9回の勉強会を開催したことになります。
 「剣太の会」が、関係者の皆さんの高い志と、目を見張るばかりの行動力によって
運営されていることに驚嘆するとともに、皆さんの日ごろの努力には、ただただ感服する
ばかりです。

 来年度から中学校の体育の授業で武道が必修化されますが、施設面の整備はもとより
指導者の育成が心もとない状況のまま、見切り発車に踏み切ろうとしている現状について
多くの関係者が危機感を強めています。
 くわしくは「全国柔道事故被害者の会」ホームページ
http://judojiko.net/
をご参照ください。

 また熱中症については、新聞・テレビなどの報道を通じて、10年以上も前から
その危険性について繰り返し報じられています。
 しかし残念なことに教育現場に意識が徹底されているとは、とても言い難い状況です。
 こうした現状に鑑み、対話の輪を広げることで、剣太くんやリサさんをはじめとする
多くの生徒たちが巻き込まれた辛く悲しい事件・事故の再発を防止することが
「剣太の会」の目的です。

 竹田高生の保護者の方たちは、学校の主張を鵜呑みにせず、唯々諾々と長いものに
巻かれることをよしとしていません。
 いわば学校という名の権威に対して堂々と立ち向かっています。
 しかし保護者全員というわけではありません。はっきりいって少数派です。
 したがって、それなりに風当たりも強いですが、けっしてひるんではいません。
 その根底にあるのは、保護者にとって大事なのはわが子のいのちであって、
けっして学校や教師のメンツなどではない、という強い思いです。
 そして裏を返せば、学校にとって大切なのは学校や教師のメンツであって、
生徒のいのちではないのだという、由々しき現状があります。

 第9回「剣太の会」には現職の教員3名が出席されていました。
 「日の丸・君が代」問題に象徴されるように、行政サイドからの現場の教員に
対する締め付けは、一段と厳しいものになってきています。
 そうしたなか、生徒や保護者の立場に立ってものごとを考えようという姿勢を
具体的に示してくださったことに、まず敬意を表します。
 そしてこうした先生たちの勇気ある行動が、それぞれの学校に深く浸透し、
実効性ある事故防止策を作成し訓練を繰り返すことによって、授業や課外活動に
おいて生徒たちを危険から守ることが、なにより重要です。

 大分県竹田市において投じられた一石は、実はとても大きな意義があります。
 たとえ小さな波でも、各地であらたな一石が投じられれば波紋が波紋を呼び、
やがて全国に展開していけば大きな運動体としてエネルギーを発揮します。
 「剣太の会」の活動に学ぶべき点は数多くあります。
 当ブログでは、今後もご紹介していきます。

 最後に日野教授が松下幸之助氏から聞いた、というエピソードを記します。
「日野さん、あんた仕事と商いのちがいがわかるか?」
「いえ、わかりません」
「仕事は『自分がええと思うことをやること』、
商いは『お客さんが喜んでくれはることをやること』や。
 あんたは先生いう商売をしてなはんねやろ?ほな学生はお客さんや。
お客さんのことを一番に考えて、どないしたらお客さんが喜んでくれはるやろ?
と考えんかったら、教育なんてでけへんのとちがうか?」
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プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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