兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。
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学校の責任について(その6)

[ 2011/02/25 17:22 ]
 2月25日付朝日新聞青森版に、「中学校で不審火 壁の一部焦げる」
http://mytown.asahi.com/aomori/news.php?k_id=02000001102250001
という記事がありました。

 おそらく2月25日時点では、警察や消防が現場検証を進めている
最中で、真相が解明されていない段階でしょうから、軽々にコメントする
ことはできません。
 したがって、これはあくまで仮定の話です。
 仮に生徒のだれかがボヤ騒ぎを起こしたとして、その行為自体は、
けっして褒められたことではないです。
 これは、いうまでもありません。
 しかし彼か彼女かはわかりませんが、強い閉塞感というのでしょうか、
ものすごく息苦しい思いがあって、正常な判断力を一時的に失っていた、
という可能性はないでしょうか?

 ぼくがそのように推察するには理由があります。
 実は08年7月、今回のボヤ騒ぎがあった中学校で、当時1年生だった
男子生徒が、複数の教師から長時間にわたる「指導」があった直後、
自宅で自殺するという事件がありました。
 教師が教育上必要と判断して適切に指導した、というのが学校側の主張です。

 しかし、
「ではなぜ適切な指導だったにもかかわらず、生徒が自ら命を絶ったのか?」
という保護者の疑問に対して、説得力のある説明は一切行われていません。
 まさに隠蔽と捏造という、学校と教育委員会が一体となった工作が、
ここでも展開されているのです。

 真相を究明せず、責任も認めず謝罪もしない学校が、自浄作用を発揮して
体質を転換するとは、残念ながら非常に考えにくいことです。
 むしろ自分たちの行為を正当化するために、ますます生徒たちに対する
締め付けを強化している、と考えるほうが自然ではないでしょうか?

 今回ボヤ騒ぎがあった教育相談室というのは、普段は生徒指導や進路指導に
使われているということです。
 教師たちに対する不満が鬱積している、とも考えられます。
 繰り返し指摘しますが、もし仮に故意に火をつけた、ということであれば、
そうした行為自体を容認することはできません。
 でも!
 そういう行為に及ばざるを得なくなるほど、生徒たちを追い詰めてるとすれば。
 学校関係者には、自らを省みることが喫緊の課題ではないでしょうか。
 皆さんは、いかがお考えでしょうか?

 なお青森県の情報隠蔽体質は、どうやら筋金入りのようです。
 これを2月25日付東奥日報の社説
http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/sha2011/sha20110225.html
が、痛烈に批判しています。
 こちらもぜひ、ご一読ください。
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プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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