兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

龍野高校の体質について(その10)

[ 2010/07/26 08:07 ]
 肝心なことを書き忘れてました。
 ぼくが09年6月3日付でI前校長に質問書を送ったという事実と、
これに対する反応は、本ブログに10年5月24日付で記載した
とおりです。
 実はK校長にも、I前校長の対応を踏まえて質問書を送ったという
事実と、その後の顛末については、記載していませんでした。
 うかつだったと反省しつつ、以下に記します。

 K校長に対して、09年6月5日付で質問書を送ったところ、
6月9日付で、文書での回答がありました。
 その内容はというと

「前略失礼します
文書の内容につきましては学校といたしまして県教育委員会の
指導・助言を受けながらリサさんのご両親(注:原文では実名、
以下同じ)と話をしてまいりました。
 今後リサさんのご両親から文書の件に関しましてお申し出が
ありましたら学校といたしましてはお話をリサさんのご両親
ご自身としていく所存であります。
 つきましては本件に関しましてご質問がございましたら
リサさんのご両親にお尋ねください。

                草々」


というものでした。
 ここで指摘しなければならないことがあります。
 ぼくが送った質問書は、リサさんのご両親から伺ったお話をもとに
作成したものです。
 仮に、ぼくがリサさんのご両親から伺っている内容が事実ではない、
とでもいうのならば、その旨を堂々と主張すればいいだけのことです。
 しかしI前校長同様、K校長も、ぼくが送った質問書の記載事項に
ついて、一切否定も反論もしていない、という事実があります。
 これは非常に重要なことです。
 皆さん、ぜひ記憶にとどめておいてください。

 しかもK校長のいう「今後お申し出がありましたら」という文言は、
明らかにウソです。
 リサさんのご両親は、09年4月にK氏が校長として着任した直後
から、何度も面談を申し入れていたにもかかわらず、K校長が要請を
無視しつづけたために面談が実現しなかった、にすぎないのです。
 そして「質問があったらリサさんのご両親に尋ねよ」ということは
「校長として説明責任を果たす気など、さらさらない」と開き直って
いる、と判断せざるを得ません。

 さらに指摘しなければならないことがあります。
 09年4月、リサ父が電話をかけた段階では、K校長自身が
「いままでの資料によく目を通し、事情を把握したうえで説明に行く」
と明言していた、という事実です。
 しかしこれは、まさしく口先だけの空証文でした。

 ぼくが質問書を送ったことと関係があるのか、ないのかは不明ですが、
ご両親の再三にわたる要請に、ようやく応じたのが09年6月22日でした。
 午後6時ごろ、K校長はN教頭(当時)をともなって、リサさんの
自宅を訪問しました。
 これに先立つ09年6月19日、リサ父はK校長あてに質問書を作成し
速達で送っていました。
 つまりご両親は「説明」を求めていました。
 にもかかわらず、K校長は冒頭
「きょうはお見舞いに来ました。事故については、わたしのときに
起きたことではないので、わかりません」
と述べた、とのことです。
 そんなことはご両親にとっては自明のことで、わざわざK校長から
説明を受けなければならないことではありません。

 ご両親が知りたかったのは

①I前校長からどのような引き継ぎがあったのか?
②校長として、すなわち龍野高校の責任者として、事故の全容解明と
原因究明、調査報告、再発防止、そして学校管理下で発生した事故の
被害者と保護者に対する救済について、どのように考えているのか?

という点。すなわち当事者としての問題意識です。

 しかしご両親が、I前校長の無責任きわまりない発言を伝えても、
K校長は
「知りませんがな!」
と、さも迷惑そうに、そしてきわめて高圧的に言い放ちました。
 あまつさえ、N教頭がベッドに横たわっているリサさんの様子を
のぞこうとしたら、
「教頭さん、あんまり近づきなさんな」
とまで発言したといいます。
 そして6時30分、あたかも事前に打ち合わせていたかのように
校長の携帯電話が鳴りました。
 K校長は
「急用ができたので、学校に戻らないといけない」
と言い、
「(リサ父が送った)質問書の事項については、2週間後に説明する」
と言い残して、そそくさと帰っていった、とのことです。

 その後、09年7月8日付文書で回答はありましたが、その内容はと
いえば、I前校長が作成した「〇年〇月〇日回答のとおり」とか、
「今後校長として出来ることについて、取り組んでいく」といった、
きわめてあいまいで抽象的なものにすぎませんでした。

 ぼくは、K校長の対応は稚拙なものと判断せざるを得ませんし、
その言動に誠意を見出しえません。
 皆さんは、いかがお考えでしょうか?
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プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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