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兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

北海道の指導死事案、遺族が一審判決を不服として控訴

[ 2019/05/11 17:43 ]
 2019年5月10日付北海道新聞は、

 13年に札幌市の道立高校1年の男子生徒=当時(16)=が自殺したのは、
所属する吹奏楽部のトラブルで当時の男性顧問教諭から叱責されたのが
原因として、生徒の母親が道に損害賠償を求めた訴訟で、母親は9日、
自殺に対する元顧問の責任を否定した一審札幌地裁判決を不服とし
札幌高裁に控訴した。
 4月25日の一審判決によると、13年1月に生徒と他の部員がメールの
やりとりでトラブルになった際、元顧問は生徒だけを叱責した。同3月にも
別の部員に対する生徒の発言をとがめ「部員に一切メールをしないこと」
などを部に残る条件として要求。生徒は翌日に自殺した。
 一審判決は、生徒のメールや発言の内容から「指導の必要があり、方法も
違法ではない」と判断。自殺との因果関係も認めず「元顧問に法的責任はない」
とした。
 一方で高校が自殺の原因を調べた在校生アンケートを保管期限前に廃棄した
ことについて「遺族に苦痛を与えた」と認定し、高校を設置する道に110万円
の賠償を命じた。
 母親は取材に対し「元顧問の言動を正当化する判決は受け入れられない。
指導の範囲を超えた違法な行為だとあらためて訴えたい」と述べた。

と報じました。

 文部科学省が13年5月に発表した「運動部活動の指導のガイドライン」は
「指導者が試合や練習中に激励等として厳しい言葉や内容を生徒に発する
こともあり得ますが、競技、練習継続の意欲を失わせるようなものは不適当、
不適切です。
 生徒の心理についての科学的な知見、言葉の効果と影響を十分に理解し、
厳しい言葉 等を発した後には生徒へのフォローアップについても留意する
ことが望まれます」
と明記しています。

 もちろんこれは運動部のみに限定されるものではなく、文化部にも
適用されてしかるべきです。

 札幌地裁判決(高木勝己裁判長)は、13年1月に自死した生徒と他の部員が
メールのやりとりでトラブルになった際、顧問が当該生徒のみを叱責し、
全部員の前で謝罪させたこと。
 同年3月に当該生徒が行った別の部員に関する発言について、
「おれなら黙っていない。おまえの家に怒鳴り込み、名誉棄損で訴える」
と述べたことを事実認定しています。
 これが「適切な指導」であり、「違法性がない」というのであれば、
学校は無法地帯で子どもたちの人権は保障されない、ということになります。
 札幌地裁の人権意識には大いに疑問がある、といわざるを得ません。

 母親は
「生徒に対する指導ならどんなことでも許されるというわけではない」
と訴えています。
 この声に応えて、暴力が許されないのと同様、指導の名を借りた暴言も
決して許されないのだということを、札幌高裁が明確に認めることを期待します。
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指導死事案、札幌地裁は踏み込んだ判断避ける

[ 2019/04/29 20:07 ]
 2019年4月26日付北海道新聞は

 13年3月に札幌市の道立高校1年の男子生徒=当時(16)=が
自殺したのは、所属する吹奏楽部のトラブルで当時の男性顧問教諭から
叱責されたのが原因として、生徒の母親が道に約8400万円の損害賠償
を求めた訴訟の判決が25日、札幌地裁であった。高木勝己裁判長は
顧問による叱責などの指導に問題はなかったとして自殺に対する元顧問の
責任を否定した。一方で高校が自殺の原因を調べたアンケートを廃棄した
ことで原告に精神的苦痛を与えたとして、道に110万円の支払いを命じた。

と報じました。

 同紙によると、部員間でトラブルが発生した際にも元顧問は男子生徒に
暴言を吐き、いわれのない誹謗中傷を繰り返すなど集中的に攻撃し、
部内で孤立させていました。

 教師と生徒という立場はあるにせよ、人としては対等です。
 暴言を浴びせたり、尊厳を傷つけたりすることが許されないのは、
いうまでもありません。
 判決はこうした顧問教諭の言動を事実として認定しながら、
「指導が自殺のきっかけとなったことは否定できないが、原因は複雑かつ
多岐にわたる」
と奥歯にものが挟まったような言い方に終始し、自殺との因果関係は
認めませんでした。
 「指導が自殺のきっかけとなったことは否定できない」のであれば、
顧問教諭はその責を負うのが当然ではないでしょうか。

 在校生アンケートを道教委が定める保管期限5年を待たずに廃棄したことは
「自殺の原因に対する有益な情報を確認する機会を失わせ、多大な苦痛を
与えた」として賠償を命じ、学校側の隠蔽工作は指弾したものの、全容解明を
求めた原告の思いに寄り添ったものとは到底いえません。
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201711-1.html

 一方、19年4月27日付神戸新聞は 

兵庫県宝塚市で16年12月、市立中学2年の女子生徒=当時(14)=が
飛び降り自殺し、いじめを認める報告書を答申した第三者委員会の調査
について、同市の中川智子市長は26日、「いじめの事実関係が未解明」
とする遺族の要請を受け、再調査する方針を明らかにした。同市教育委員会
は答申済みの調査報告書の非公開も決定。再調査は、中川市長が改めて
委員を任命し、別組織が担当する。

と伝えています。

 同紙によると、宝塚市教委は遺族との意思疎通が不十分だったことを
認めていますし、春日井敏之・立命館大大学院教授(臨床教育学)は
「第三者委が公平公正に検討を進めるのと、遺族に寄り添うのは矛盾しない」
と述べています。
 
 アンケートを廃棄するような高校が、遺族と十分なコミュニケーションを
とっていたかといえば甚だ疑問です。
 そして元顧問の言動は「指導」という範疇を逸脱し、まさに「いじめ」としか
形容しようのないものですが、これを放置してきた校長らの管理責任と
北海道の使用者責任は看過できないのではないでしょうか。
 したがって札幌地裁判決には大いに疑義がある、といわざるを得ません。

北海道、高校生自死事案に関わるアンケートを開示

[ 2017/11/29 07:14 ]
 2017年11月26日付朝日新聞は

 北海道立高校の男子生徒が4年前に自殺したことをめぐり、母親が北海道を
訴えている訴訟で、札幌地裁が道側に「学校が自殺後、生徒に実施した
アンケート結果を証拠として提出せよ」と命じる決定をしていたことが分かった。
道側は「提出すれば生徒の信頼を裏切り、同様の調査が困難になる」などと
反対したが、湯川浩昭裁判長は「個人情報を隠すなどすれば、教育行政上の
支障があるとは言えない」と判断した。決定がきっかけとなり、道側は遺族に
アンケートを開示した。
 子どもが自殺をした場合、同級生へのアンケートや学校側による調査の
結果開示について遺族と行政が対立するケースは多い。原告側の
秀嶋ゆかり弁護士は「全国的に見てもあまり例がない決定。同様の訴えを
起こす人の励みになる」と話す。亡くなった生徒は吹奏楽部に所属し、
母親は「顧問の激しい叱責が原因で自殺した」として、北海道に約8千万円の
損害賠償を求めている。(中略)

 亡くなった高校1年、悠太さん(当時16)の母親は息子の死から4年半を経て、
A4判27枚のアンケート結果を手にした。ずっと学校や北海道に求めながらも、
拒まれてきた内容。「やっとスタートラインに立った気持ち。記載されている
内容の一つひとつを、遺族や学校が共有することが大切だ」と話した。
 開示されたアンケートには、悠太さんが顧問の叱責によって、部内で孤立した
様子を伝える記述もあったという。この間、学校が全校生徒を対象にアンケート
を実施しながら、結果を破棄したことも分かった。
「せめて、子どもに何があったのかを知りたいと願う親の気持ちを、なぜ
そこまで踏みにじるのか。今回は裁判所が遺族の気持ちをくんでくれた」と話す。
 福井県池田町では3月に中学2年生の男子生徒が自殺し、町教委の調査
委員会が10月、「教師による厳しい叱責」が原因と指摘した。母親は悠太さんの
死も同じような「指導死」だと訴える。少しでも真実が明らかになればとの思いで
始めた訴訟は30日、8回目の弁論を迎える。

と報じています。

 裁判所は今回、
「事実を隠蔽しようとする北海道の姿勢を容認することはできない」
と明確に判断しました。

 これについて「全国学校事故・事件を語る会」の代表世話人、宮脇勝哉氏は
「昨今、世の中の流れは個人情報保護の壁よりも、被害者支援の視点を
重要視することが求められつつあり、当然のことながら学校においても
同様のとらえ方で対応することが望まれる。
 学校設置者および管理者には説明責任を果たす義務があり、被害者・遺族
には情報提供を受ける権利があると考えている。
 この案件でのアンケート開示決定が全国各地に波及することを強く望むと
ともに、『わが子の身に何があったのか知りたい』という被害者遺族最大の
願いが叶うことを願っている」
とコメントしています。

札幌地裁、指導死の因果関係は認定せず(その2)

[ 2013/06/06 07:25 ]
 教師は教室を小さな王国とし、絶対権力者として君臨することが可能です。
 今野彩花さんの担任教諭は忘れ物をした児童に対して執拗に叱責し、
強い恐怖感を植えつけていました。
 だから彩花さんは毎日、すべての教科書を持って登校していました。
 そんな日常が続くことが、子どもたちにとってどれほどの心理的圧迫要因
になるでしょう?

 「指導死」親の会の代表世話人・大貫隆志氏は、札幌地裁判決について
「指導とは、目的と手段と結果が妥当なものであって、初めて指導といえる」
としたうえで、
「教育的効果が期待できる指導であったなら、子どもが死ぬわけがない。
遺族はどこに、だれに救済を求めたらいいのか」
と強い憤りをあらわしました。

 NPO法人・ジェントルハートプロジェクトの武田さち子理事は
「大人だってパワーハラスメントの結果、うつ病を発症することは珍しくない。
子どもが学校を嫌いになるような、ましてや人生に絶望するようなやり方が
正当な指導であるわけがない」
と厳しく批判しています。

 住友剛・京都精華大学准教授は、
「わたしたち教育学の研究者は、『子どもの視点で指導を考える』機会を
教員志望の学生や現職教員に提示できていただろうか?教員の指導の
あり方によって子どもが亡くなるという現実に、正面から向き合って
きただろうか?わたしたちこそが問われているのだ、と痛感している」
と述べました。

 唯一の救いは、学校側の調査報告義務違反を明確に認定したことです。
 大津市の第三者調査委員会(委員長・横山巌弁護士)は13年1月31日、
越直美市長に提出した報告書で、
「自死するに至った具体的な事実を知ることは、家族にとって譲ることの
できない権利なのである。学校・教育委員会は可能な限り事実を提示
しなければならない」
と指摘しています。
 札幌地裁判決は、保護者の知る権利については明確に認めました。

札幌地裁、指導死の因果関係は認定せず

[ 2013/06/06 07:16 ]
 2013年6月2日付毎日新聞北海道版は

 北海道遠軽町で08年4月、町立小6年の今野彩花さん(当時11歳)
が自殺したのは担任教師の行き過ぎた指導が原因だとして、両親が町と道
に対し約7800万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が3日、札幌地裁
(千葉和則裁判長)で言い渡される。裁判では町や学校側は全面的に争う
姿勢を通したが、父富治さんは判決を前に「娘を追い詰め、自殺させた
事実を認めてほしい」と静かに語る。(中略)

 両親が、担任教師の指導に疑問を抱いたのは5年生の2学期。
 彩花さんが、いつまでたっても夏休みのドリルを持ち帰ってくるので
理由を尋ねると「問題の1カ所にだけ、何度提出してもただバツを付けて
突き返される」と打ち明けた。母道代さんが教師に問いただす11月まで
続いた。その後も、器楽演奏の練習で一人だけ居残りさせられたという。
 それまでは“皆勤賞”だった彩花さん。
 3学期には「もう、学校行くのいやだ」と休みがちになり、春休みには
「6年生になってもあの先生なの」と何度も訴えた。
 自宅のトイレで首つり自殺を図ったのは、始業式を控えた4月3日。
病院で11歳の人生を閉じたのは翌4日夕方だった。
 両親に大きな不信を与えたのは、学校や町側の対応だった。
 彩花さんの死の直後、学校は町教委に事故報告書を提出していたが、
富治さんがそれを知ったのは2年以上も後。しかも、死因を「多臓器不全」
と記載し、自殺のことは何も書かれていなかった。
「このままでは、彩花の死がうやむやにされてしまう」。
残された道は提訴しかなかった。
 富治さんによると、町は一度は両親宛ての文書で指導の行き過ぎを認めた。
しかし法廷では「あれは今野さんに配慮してのこと。誇張し過ぎだった」
と手のひらを返し、「多臓器不全」の記載も「今野さんが当初そう言っていた」
と主張したという。(後略)

と伝えました。

 そして13年6月4日付毎日新聞北海道版は

 札幌地裁は遠軽町と北海道に連帯して計110万円の支払いを命じた。
千葉和則裁判長は判決で、争点だった指導と自殺の因果関係は認めなかったが、
その後の対応が両親に精神的苦痛を与えたとした。(中略)

 判決は担任の指導について「5年生にしてはやや厳しいが、教育的効果が
期待できて正当」とし、違法性や自殺との因果関係を否定した。
 一方で、彩花さんの死後に事実関係の調査を学校側が怠ったと認定。
 自殺原因に関し、学校が一度は「担任教諭の不適切指導にあった」と説明した
のに、訴訟では「適切だった」と覆すなどし、両親の精神的苦痛を増大させたと
認定した。
 指導と自殺の因果関係を否定した点など不服として、両親は控訴する方針。
(後略)

と報じています。
(この項、つづく)
プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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