兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

中2男子指導死事件、両親が東広島市を提訴(その1―2)

[ 2015/06/18 20:27 ]
 2015年6月13日、第2期子ども安全管理士資格認定講座で
小佐井良太・愛媛大准教授が、学校と教委の事後対応について
「不幸な事故だったとやり過ごし、家族にあきらめてもらうことで事態の
沈静化を図り、日常性を回復することで責任問題を回避しようとする」
姿勢がみられると批判し、
「事故・事件が発生する背景には必ず原因がある。被害者と家族に
誠実に向き合うなかで隠れていた問題を明らかにし、改善を図る好機と
とらえるべきだ」と強調しました。
 東広島市には、この視点が欠けています。

 原告弁護団長の定者吉人弁護士は、
「学校においては当然のことながら、子どもの人格を尊重した指導が
行われるべきで、子どもを死に追い込むような『指導』が、正当なものと
いえるはずがない。これは本件の核となる争点のひとつであるとともに、
子どもの人権問題に携わってきた弁護団共通の思いでもある。裁判を
通じて訴えていきたい」とコメントしています。

 文部科学省スポーツ・青少年局が設置している「学校事故対応に
関する調査研究」有識者会議(座長=渡邉正樹・東京学芸大教授)は、
今年度中に事後対応についてのガイドラインを発表する見通しです。

 ガイドラインには、小佐井氏が提唱している「対話促進型紛争解決」の
実現に向けて、
「学校長が負う調査報告義務には、『どうしていれば事故・事件は未然に
防止できたのか?』という疑問に答えることも含まれる」こと。

 そして、「二度と同様の事故・事件を起こさないよう、学校の体制や
教員の意識を変えていく」ことは、
「学校長が負う誠実対応義務の構成要因である」と、明確に位置づけ
られることを、大いに期待するところです。
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中2男子指導死事件、両親が東広島市を提訴(その1)

[ 2015/06/18 20:09 ]
 2015年6月12日付毎日新聞広島版は

 12年に東広島市立中学校の男子生徒が自殺した問題で、男子生徒の両親が
11日、市などを相手に計約1億1700万円の損害賠償などを求めて広島地裁に
提訴した。
 自殺は複数の教員の不適切な「指導」によるもので、教員らが学校生活で
生徒の安全を確保すべき配慮義務に違反しているとしている。
 訴状によると、当時中学2年だった男子生徒は同校の4人の教師らから
相次いで厳しく叱責され、過度の精神的負担を負わされたにもかかわらず、
教員らはさらに「指導」を続けたとしている。男子生徒を自殺に追い込んだことは、
安全配慮義務に違反しているとして、学校を管理する東広島市に約1億300万円
を求めた。
 また学校での事故などに死亡見舞金を給付する独立行政法人「日本スポーツ
振興センター」に対しても約1400万円を請求。同センターは通学中の災害と
認定して見舞金1400万円を支給したが、生徒の自殺は学校管理下で起きた
とし、本来の金額2800万円を支払うべきだとして差額分を求めた。
 同日、記者会見した両親と弁護団は「調査報告書にはどうすれば救えたのか、
という内容は無かった。二度と起きないよう、学校の体制や教員の意識を変えて
ほしいと訴訟に踏み切った」と説明した。東広島市教委は「訴状を確認してから
対応していきたい」としている。

と伝えました。

 両親は、提訴するに至った経緯について

 私たちは、亡くなった息子の死に向き合いたいという思いから、これまで、
学校、教育委員会、市長、市議会に再調査とアンケートの開示を求めてきました。
 しかしながら、想いが真摯に受け入れてもらえることはありませんでした。
 学校事件ではどの事案でも、遺族は亡くなった子どもの死に向き合うために
原因の真相究明を求めています。
 しかし、学校・教育委員会は事実を隠ぺいし、自分たちが関わったことに
向き合おうとせず、逃げてばかりです。
 また、調査委員会が事実を明らかにしなければ、再発防止どころではなく、
事実を隠ぺいするツールになってしまうと感じています。
 この裁判では、隠ぺいされている事実と、学校、教員の責任を明らかにし、
本当の意味での再発防止につながればと思っております。

という声明を発表しています。

http://shidoushi.com/

(この項、つづく)
プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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