兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

スポーツ事故根絶に向けて(その9)

[ 2014/10/07 08:47 ]
 「全国柔道事故被害者の会」(村川義弘会長)は、2014年10月5日付で声明を
発表しました。
http://judojiko.net/news/1702.html

 いかなる競技であれ、いかなる環境下においても、スポーツ指導の場で事故が
発生し、子どもたちが被害に遭うことは許されません。
 しかし残念なことに、毎年全国各地で多くのスポーツ事故が発生しているという
現実があります。
 これを根絶するには、不幸にして起こしてしまった事故について精緻に調査し、
事故が発生するに至った機序を明らかにして原因を究明したうえで、実効性ある
再発防止策を策定すること。
 さらにこれを公表して社会全体で共有し、その運用の徹底を図るよりほかありません。
 これが内田良・名古屋大大学院准教授のいう「ファクトとエビデンスの集約と分析」です。

 しかし、小佐井良太・愛媛大准教授が指摘しているように
「組織の体面を優先し、事態の沈静化を最優先とする教育組織の閉鎖性が、
子どもの安全に対する誠実さを欠くことにつながっている」
という現実があります。

 これを打破するには「組織の体面を優先し、事態の沈静化を図ってきた」龍野高と
兵庫県の姿勢を看過せず、龍野高と兵庫県に
「原因を究明し、二度と同様の事故が起きないようにしてほしい」
というリサさんの両親の願いを実現すべく、具体的なアクションを起こさせることが
第一歩です。

 控訴審第2回口頭弁論は、14年10月24日15時00分から大阪高裁74号法廷
(森宏司裁判長)で行われます。
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保護者の知る権利について(その47)

[ 2014/03/26 08:50 ]
 2014年3月24日付河北新報は

 東日本大震災で児童と教職員計84人が死亡・行方不明になった宮城県石巻市
大川小の津波災害で、児童遺族と市教委の話し合いが23日、市内であった。
 第三者による事故検証委員会の最終報告を受け遺族は責任問題などを
ただしたが、市教委は19家族が市と宮城県に損害賠償を求めた訴訟への影響を
理由に回答を拒否。今後、公開での話し合いはしない方針も示した。
 遺族は約30人、市側は亀山紘市長と境直彦教育長らが出席した。(中略)
 「山に逃げたがっていた子どもたちが逃げられなかったことをどう考えるか」
 「最終報告にある『結果責任』をどう受け止めるのか」といった質問に、
市教委は「訴訟に関わる発言は控える」と繰り返した。(中略)
 6年だった次女を亡くした佐藤敏郎さんは「市教委のあまりにも血の通わない
説明にがくぜんとした。検証委の調査中は『検証に影響する』と言い、今度は
訴訟を理由に話し合いを避ける。訴訟にかかわらず、子どもの命を守るために
必要なことは話し合わなくてはならないはずだ」と憤った。

と伝えました。

 学校管理下で発生した事故に関して、遺族の一部が損害賠償請求訴訟を提訴した
ことと、学校設置者である石巻市が精緻に調査し、事故の全容を解明し原因を究明
することは別の問題で、混同してはならないことです。
 なぜなら、市民の身体生命の安全を守ることは市長にとって最優先で果たすべき
職責であり、そのためには佐藤さんのいうように
「子どもの命を守るために必要なことは話し合わなくてはならない」
からです

 NHK仙台放送局によると、石巻市教委は提訴を受けて
「一部のご遺族から提訴を受けたことについては、ご遺族のお気持ちとしては
やむをえないものと存じます。市としては、過去に経験したことのない大災害の中で
発生した事故であることを考慮しつつ、原告の主張も検討した上で、真摯に対応して
参ります」とするコメントを出しました。
 綸言汗のごとし。
 亀山市長は「真摯に対応」すべきです。

 なお14年3月25日付信濃毎日新聞「斜面」が

 裁判に訴えても、やりきれない思いは拭えぬままだろう。東日本大震災の津波で
犠牲になった人々の遺族が、管理者側に損害賠償を求めた裁判である。3件目の
判決は、亡くなった園児の遺族の請求を退けた(中略)
 遺族によれば、町の対応は誠意を欠いた。説明会に保育所長や保育士が顔を見せ
なくなる。保育所のラジオは電池が切れて使えず、防災無線も聞こえなかった―の
説明にも納得がいくまい。「裁判なんて本当はやりたくない。線香を上げて謝って
ほしかった」。園児の父親の言葉である。

と書いていることを付言しておきます。

第三者機関のあり方について(その22)

[ 2014/01/15 21:07 ]
 「大津波の惨事『大川小学校』~揺らぐ“真実”」第33回は、
事故検証委員会(委員長・室崎益輝関西学院大教授)の機能不全と、
事務局を務める首藤由紀・社会安全研究所代表取締役の不可解な動き
についてリポートしています。
http://diamond.jp/articles/-/47045

 住友剛・京都精華大准教授は、第三者委が行う事故調査について
「事態の沈静化を図るためではなく、生徒・教師・学校が再出発する
ための枠組みをつくるものでなくてはいけない」と指摘しています。
 しかし大川小の遺族から
「石巻市教委の不誠実な対応は二次被害、検証委の対応は三次被害だ」
という声があがっていることに鑑みれば、住友氏の指摘に沿うかたちでの
検証が行われているとは到底言えません。

 一方、14年1月13日付毎日新聞奈良版は

 橿原市で昨年3月、市立中学1年の女子生徒(当時13歳)が自殺した
問題で、原因究明のための第三者委員会(委員長・出口治男弁護士)は
12日、中学で保護者説明会を開き、今月下旬以降に実施する生徒への
聞き取り調査に協力を求めた。
 委員会によると、保護者34人が参加。委員会の設立目的などを説明し、
調査への協力を依頼。保護者から今後の日程を問われ、委員は
「今月下旬か2月初めには聞き取り調査をしたい」と説明したという。
 次回は18日。調査の対象者や時期を検討する予定。

と伝えています。

 橿原市が設置した旧第三者委は、「原因調査が目的」ではなく、
「原因をでっちあげることが目的」でした。
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201312-10.html
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201311-7.html

 そして校長には、当事者意識が決定的に欠けています。
http://ameblo.jp/tensinranmanrico/entry-11747343340.html

 こうしたなか、遺族は学校や市教委の動きを常時監視することを余儀なく
されます。
 すなわち学校や市教委は遺族が悲しみに向き合うことさえ許さない、のです。
 学校と橿原市教委の対応も「遺族に二次被害、三次被害を与えるもの」
と言わざるを得ません。

 もちろん
「学校管理下で行われていたテニス部の練習中に、なぜ娘が倒れたのか?
なにがあったのか、教えてほしい」という保護者の願いに耳を貸さないばかりか、
事実ではない風評を流布してリサさんと保護者の人権を侵害し、名誉を毀損して
おきながら、説明も謝罪も再発防止策の策定も拒否する龍野高と兵庫県もまた
二次被害、三次被害を与えています。
 むしろ兵庫県は、事故調査委の設置要請を二度にわたって拒否したことで
四次被害を与えた、と判断すべきでしょう。
 兵庫県は県民に対して、これほど苛烈な加害行為を行っているという
現実があります。
 神戸地裁(植屋伸一裁判長)が14年1月22日、情理を尽くした判決を
言い渡すことを切に望みます。

保護者の知る権利について(その45)

[ 2014/01/15 15:08 ]
 2014年1月15日付京都新聞は

 大津市で2011年10月、いじめを受けていた中学2年の男子生徒が自殺した
問題で、学校が全生徒に行ったアンケート結果について部外秘を確約させられた
上、大半を黒塗りで開示されて精神的苦痛を受けたとして、遺族が市に対して
100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が14日、大津地裁であった。
 長谷部幸弥裁判長は市側の責任を認め、30万円の支払いを命じた。
 訴状では、男子生徒の父親がアンケート結果を受け取った際、学校から
「部外秘とする」と確約させられ、アンケートを基に同級生らに聞き取りができなく
なった。このため、あらためて情報公開請求したが、市教委は個人情報を理由に
大半を黒塗りで開示した。しかし、12年7月の市議会委員会の傍聴者には
黒塗りされていないアンケート結果が配布された。
 遺族側は「情報公開の手続きは必要なかった。(遺族への)黒塗りの開示は
市の個人情報保護条例に違反する」と訴えていた。
 市側は「適切な情報開示ができなかった。遺族の自殺の原因を知りたいという
心情を損なった」とし、賠償責任は争わず、金額は同地裁の判断に従うとしていた。
 大津市の越直美市長は「遺族にあらためておわびしたい」と述べ、控訴しないことを
表明した。富田眞教育長も「判決を真摯に受け止めている」と述べた。

と報じました。

 これについて「指導死」親の会の代表世話人・大貫隆志氏は、大津市が事実関係に
ついて争わず責任を認めたことを念頭に、
「学校の隠蔽工作は違法だとする判決が確定する。今後の訴訟にも生かせるものだ」
と評価しました。

 05年度に神戸市立小学校で発生した、いじめ恐喝事件被害児童(当時)の父親は、
「今回の判決は画期的なもの」と評価したうえで
「息子が在籍していた小学校の片寄八朗校長(同)は大津市立中と同様に、我々
両親にアンケート内容を口外しないよう強要した。これが違法なものだったと
いうことが明らかになった」と述べました。

 13年3月、いじめを苦に自殺した奈良県橿原市立中1年(同)女子生徒の母親は
「遺族は精神的苦痛の連続。娘の不在に苦痛を感じているのに、学校や市教委から
さらに苦痛を浴びせられている」とし、
「大津地裁は『親の知る権利』を阻害してはならないと、権利を認める判断を下した。
 この司法の判断を、全国の教育委員会と学校は重く受け止めるべき。
 いまだ苦痛を強いられている親たちの、後押しになることを祈ります」とコメント
しています。

スポーツ事故根絶に向けて(その6)

[ 2013/12/29 06:49 ]
 2013年12月28日付読売新聞長野版「記者ノート」は、柳沼晃太朗記者の
「柔道での事故防ぐ」と題する一文を掲載しています。


 8月1日から長野地裁第一号法廷で始まった柔道事故の強制起訴公判。
スーツ姿の小島武鎮(たけしげ)被告には毎回、強いまなざしが向けられている。
 小学6年の時、小島被告に投げ技をかけられて大けがを負い障害が残った
沢田武蔵さんの両親。そして両親が所属する「全国柔道事故被害者の会」の
事務局長、小林恵子さんだ。
 業務上過失傷害罪で強制起訴された小島被告の公判は今月19日で6回目と
なった。東京から傍聴に訪れる小林さんは「畳の上で起こる出来事に一つの
『線』が引かれる裁判だから。しっかり見守りたい」と話す。
      ◇
 小林さんには、記憶障害などの重い後遺症が残った息子がいる。皿を洗いながら、
料理を作るといった複数の作業はできない。
 9年前だった。当時中学3年だった息子は、柔道部顧問の男性教諭に練習中、
投げ技や絞め技を繰り返しかけられ大けがを負った。
 教諭は、傷害容疑で書類送検された。しかし、横浜地検は、嫌疑が不十分として
不起訴とした。「畳の上で胴着を着て技を使えば、競技と犯罪の線引きは難しい」。
担当検事は小林さんに理由を説明したという。
 検察審査会は不起訴不当としたが、同地検は再び不起訴に。損害賠償を求めた
民事訴訟で、地裁は横浜市と神奈川県に計約8900万円の支払いを命じたが、
教諭の謝罪は今もない。
 息子は今、皿洗いといった単純作業だが、都内の宿泊施設で働く。事故当時は
「将来を奪われた」と思ったが、息子の懸命な姿を見るたび、「指導」と「犯罪」に
きちんと線をひいてほしいと願う。
      ◇
 練習中の事故直後に捜査対象となっても最終的に検察が不起訴とし、公判自体が
開かれないケースのある柔道事故。
 小林さんは「どんな結論でも『こうすれば防げた』という方向性は見えてくるはず」
と今回の公判に注目している。
 「柔道が大好きな子どもたちに、これ以上悲しいことが起きてほしくない。
思いはみんな同じはず」。小林さんはそう強調する。
 年が明けた1月には、小島被告への被告人質問がある。
 あの時、畳の上で何が起きたのか。防ぐ方法はなかったのか。
 柔道事故と向き合う多くの家族ともに、法廷での言葉一つ一つに耳を傾けながら、
答えに近づきたい。


 横浜市立中の柔道部顧問だった男性教諭は、いまも別の市立中で教鞭をとっています。
 小林さんは、この教諭から反省の言葉を聞いていません。
 横浜地裁での審理でも自らを正当化すべく、一方的な主張を繰り返すにとどまりました。
 したがって「また同じことを繰り返すのではないか」との懸念が消えない、といいます。
 事実に向き合い、反省すべきは反省し、改めるべきは改め、謝罪すべきは謝罪する。
 これこそ教師たちが生徒たちに求めていることではないでしょうか。
 であるならば、まずは教師こそが率先垂範すべきです。

 そして反省も謝罪もないのは、石原元秀校長(当時、現・岡山白陵中高校長、兵庫県
上郡町教育委員)以下、龍野高教職員も同様です。
 学校管理下で行われていた部活動の練習中に重大事故が発生したにもかかわらず
調査もせず、再発防止策も策定していません。
 それどころか、事実ではない風説を流布して生徒と保護者の人権を侵害し、
名誉を著しく毀損したことは、到底容認できることではありません。
 神戸地裁(植屋伸一裁判長)が14年1月22日、学校に非があったと認める、
情理を尽くした判決を言い渡すことを切に願うところです。
プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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