FC2ブログ

兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

「第三者委は解散すべき」と自ら市教委に提言

[ 2019/07/08 11:22 ]
 2019年7月4日付毎日新聞は

 山梨県北杜市で自殺を図った当時中学1年の女子生徒がいじめを訴えた
にもかかわらず学校側が「重大事態」と判断しなかった問題で、市教委が
設置した第三者委員会(委員長=八巻佐知子弁護士)は3日、
「第三者委を解散し、被害者推薦の委員を入れ、再度立ち上げるべきだ」
とする意見書を市教委に提出した。
 生徒側は第三者委のメンバーに自らが推薦する委員を入れることなどを
要望していた。これに対し意見書は「(市教委が生徒側の)要望を詳細に
聞き取り、対応を検討した事実はない」と指摘。
その上で「解散すべきだとする被害者側の要望に応じるべきだと判断した」
としている。
 市教委の担当者は「内容を精査し、教育委員会を開催し対応を検討する」
と話した。
 生徒は17年11月に自殺を図りその翌月に文書でいじめ被害を訴えた。
市教委は昨年7月に第三者委を設置していたが、委員選定を巡って被害者側
と折り合わず、本格的な調査は始まっていない。

と伝えました。

 これは19年6月2日、「全国学校事故事件・語る会」が主催した
シンポジウムで、同級生らからのいじめを苦に自死した奈良県橿原市立中
1年生(当時)女子の母親
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201509-6.html
が発表した事案と酷似するものです。
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201906.html

 橿原市の母親は
「大人の都合で強引に事後対応を進めるのではなく、亡くなった生徒さんを
真ん中に置いて、丁寧に調査しようとする気持ちがあれば、このような事態は
起こらない。
 まだこのような事後対応が横行していることが、ただただ悲しく残念です」
とコメントしています。
スポンサーサイト

全国学校事故・事件を語る会、シンポジウムを開催

[ 2019/06/04 10:04 ]
 全国学校事故・事件を語る会(代表世話人:内海千春氏・宮脇勝哉氏)は
2019年6月2日、神戸市内でシンポジウム
「学校事故・事件の解決の方向とは?~学校(教員)との『対話』を求めて~」
を開催し、全国各地から112人が参加しました。
 被害者と家族に加え、現職教員や教育委員会職員、市議会議員など
多彩な参加者が熱心に意見を交わしました。

 このなかで、同級生らからのいじめを苦に自死した奈良県橿原市立中1年生
(当時)女子の母親
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201509-6.html
と、名古屋市立向陽高校柔道部事故で死亡した1年生(同)男子の母、
倉田久子さんが、自身の経験を語りました。
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201511-1.html

 倉田さんは
「学校や教委が道義的責任を果たさず、説明も謝罪もしないから法的責任を
追及されることになる。裁判を招いているのは学校自身」
と指摘し、事故・事件が発生した際、校長らが「被害者と家族に寄り添い」
と発言することについても
「『寄り添う』とは相手の立場に身を置くこと。人は気遣われることで気遣える
ようになる」
と述べました。

 神戸市垂水区で16年10月、同市立中3年生(同)女子が自死する事件が
発生しました。
 市教委が設置した調査委がまとめた報告書では、いじめの事実を認めた
ものの、多くの要因の一つに過ぎないと結論づけていました。
 しかしその後、「破棄された」としていた生徒たちに事情を聞いた際のメモが
存在することが発覚、「隠蔽工作ではないか?」との疑念が広まるなど、
その不備が指摘され、再調査委が発足していました。
 再調査委の吉田圭吾委員長(神戸大大学院教授)は19年4月16日、
いじめが自死の主たる要因と認める報告書を公表した際の記者会見で
「(旧調査)委員会は『第三者性』を誤解し、遺族に寄り添えていない。
 調査はきちんとするが、姿勢は遺族寄りでいい。寄り添うことで、どん底に
いる遺族を救うこともできる」
と発言しています。

 内海氏は、
「学校は主体的に調査すべきだし、その能力もある。現に向陽高校は
3日間で調査結果をまとめ保護者に伝えた。
 しかし調査委を設置することが主流になった結果、調査委に丸投げし、
説明責任を放棄するようになった。
 そして調査委は『公平・中立』を盾に被害者・家族から十分な事情聴取
を行わない。この結果、信頼関係を構築できないでいる」
と批判し、
「被害者および家族と、学校・教委の双方が歩み寄り、『対話』を進める
ことでしか事実解明はできない」
と訴えました。

 住友剛・京都精華大教授は、調査委について
「報告書を公表して終わりではなく、アクションプランと実践状況について
検証し続けることが不可欠」
とし、兵庫県加古川市が「いじめ防止対策改善基本5カ年計画」をまとめた
ことを評価しました。
http://www.city.kakogawa.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/148/kihonhousin.pdf
 そのうえで
「調査結果を共有して学校の再生を目指すのであれば、生徒や保護者の
協力を得られるような雰囲気を醸成することが必要で、このためにも正確な
情報開示が不可欠だ。
 これが風評被害など、被害者・家族の二次被害を予防することにもつながる」
との見方を明らかにしました。

北海道の指導死事案、遺族が一審判決を不服として控訴

[ 2019/05/11 17:43 ]
 2019年5月10日付北海道新聞は、

 13年に札幌市の道立高校1年の男子生徒=当時(16)=が自殺したのは、
所属する吹奏楽部のトラブルで当時の男性顧問教諭から叱責されたのが
原因として、生徒の母親が道に損害賠償を求めた訴訟で、母親は9日、
自殺に対する元顧問の責任を否定した一審札幌地裁判決を不服とし
札幌高裁に控訴した。
 4月25日の一審判決によると、13年1月に生徒と他の部員がメールの
やりとりでトラブルになった際、元顧問は生徒だけを叱責した。同3月にも
別の部員に対する生徒の発言をとがめ「部員に一切メールをしないこと」
などを部に残る条件として要求。生徒は翌日に自殺した。
 一審判決は、生徒のメールや発言の内容から「指導の必要があり、方法も
違法ではない」と判断。自殺との因果関係も認めず「元顧問に法的責任はない」
とした。
 一方で高校が自殺の原因を調べた在校生アンケートを保管期限前に廃棄した
ことについて「遺族に苦痛を与えた」と認定し、高校を設置する道に110万円
の賠償を命じた。
 母親は取材に対し「元顧問の言動を正当化する判決は受け入れられない。
指導の範囲を超えた違法な行為だとあらためて訴えたい」と述べた。

と報じました。

 文部科学省が13年5月に発表した「運動部活動の指導のガイドライン」は
「指導者が試合や練習中に激励等として厳しい言葉や内容を生徒に発する
こともあり得ますが、競技、練習継続の意欲を失わせるようなものは不適当、
不適切です。
 生徒の心理についての科学的な知見、言葉の効果と影響を十分に理解し、
厳しい言葉 等を発した後には生徒へのフォローアップについても留意する
ことが望まれます」
と明記しています。

 もちろんこれは運動部のみに限定されるものではなく、文化部にも
適用されてしかるべきです。

 札幌地裁判決(高木勝己裁判長)は、13年1月に自死した生徒と他の部員が
メールのやりとりでトラブルになった際、顧問が当該生徒のみを叱責し、
全部員の前で謝罪させたこと。
 同年3月に当該生徒が行った別の部員に関する発言について、
「おれなら黙っていない。おまえの家に怒鳴り込み、名誉棄損で訴える」
と述べたことを事実認定しています。
 これが「適切な指導」であり、「違法性がない」というのであれば、
学校は無法地帯で子どもたちの人権は保障されない、ということになります。
 札幌地裁の人権意識には大いに疑問がある、といわざるを得ません。

 母親は
「生徒に対する指導ならどんなことでも許されるというわけではない」
と訴えています。
 この声に応えて、暴力が許されないのと同様、指導の名を借りた暴言も
決して許されないのだということを、札幌高裁が明確に認めることを期待します。

指導死事案、札幌地裁は踏み込んだ判断避ける

[ 2019/04/29 20:07 ]
 2019年4月26日付北海道新聞は

 13年3月に札幌市の道立高校1年の男子生徒=当時(16)=が
自殺したのは、所属する吹奏楽部のトラブルで当時の男性顧問教諭から
叱責されたのが原因として、生徒の母親が道に約8400万円の損害賠償
を求めた訴訟の判決が25日、札幌地裁であった。高木勝己裁判長は
顧問による叱責などの指導に問題はなかったとして自殺に対する元顧問の
責任を否定した。一方で高校が自殺の原因を調べたアンケートを廃棄した
ことで原告に精神的苦痛を与えたとして、道に110万円の支払いを命じた。

と報じました。

 同紙によると、部員間でトラブルが発生した際にも元顧問は男子生徒に
暴言を吐き、いわれのない誹謗中傷を繰り返すなど集中的に攻撃し、
部内で孤立させていました。

 教師と生徒という立場はあるにせよ、人としては対等です。
 暴言を浴びせたり、尊厳を傷つけたりすることが許されないのは、
いうまでもありません。
 判決はこうした顧問教諭の言動を事実として認定しながら、
「指導が自殺のきっかけとなったことは否定できないが、原因は複雑かつ
多岐にわたる」
と奥歯にものが挟まったような言い方に終始し、自殺との因果関係は
認めませんでした。
 「指導が自殺のきっかけとなったことは否定できない」のであれば、
顧問教諭はその責を負うのが当然ではないでしょうか。

 在校生アンケートを道教委が定める保管期限5年を待たずに廃棄したことは
「自殺の原因に対する有益な情報を確認する機会を失わせ、多大な苦痛を
与えた」として賠償を命じ、学校側の隠蔽工作は指弾したものの、全容解明を
求めた原告の思いに寄り添ったものとは到底いえません。
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201711-1.html

 一方、19年4月27日付神戸新聞は 

兵庫県宝塚市で16年12月、市立中学2年の女子生徒=当時(14)=が
飛び降り自殺し、いじめを認める報告書を答申した第三者委員会の調査
について、同市の中川智子市長は26日、「いじめの事実関係が未解明」
とする遺族の要請を受け、再調査する方針を明らかにした。同市教育委員会
は答申済みの調査報告書の非公開も決定。再調査は、中川市長が改めて
委員を任命し、別組織が担当する。

と伝えています。

 同紙によると、宝塚市教委は遺族との意思疎通が不十分だったことを
認めていますし、春日井敏之・立命館大大学院教授(臨床教育学)は
「第三者委が公平公正に検討を進めるのと、遺族に寄り添うのは矛盾しない」
と述べています。
 
 アンケートを廃棄するような高校が、遺族と十分なコミュニケーションを
とっていたかといえば甚だ疑問です。
 そして元顧問の言動は「指導」という範疇を逸脱し、まさに「いじめ」としか
形容しようのないものですが、これを放置してきた校長らの管理責任と
北海道の使用者責任は看過できないのではないでしょうか。
 したがって札幌地裁判決には大いに疑義がある、といわざるを得ません。

いじめ自殺事件、第三者委の報告相次ぐ

[ 2019/03/23 09:18 ]
 茨城県取手市では市立中3年生女子が2015年11月10日、
兵庫県尼崎市でも市立中2年生女子が17年12月20日、
いずれも同級生らからのいじめを苦に自死するという
痛ましい事件が起きています。

 取手市教育委員会が設置した第三者委員会はいじめを認めず、
これを不服とする両親の訴えを受けて解散。
 17年12月に県が市から事務の委託を受けるという異例の対応を
とって新たな第三者委を設置し、19年3月20日には
「いじめがなければ自殺はなかったと推認され、双方には因果関係がある。
担任の言動がいじめを誘発し助長した」
と取手市の対応を厳しく批判する報告書を公表しました。

 尼崎市教委の第三者委は19年3月18日、クラス担任ら少なくとも
6人の教員が、いじめ被害に遭っているとの女子生徒の言動に接しながら、
対応していなかったことを指摘する報告書をまとめています。
 第三者委は会見で、
「クラス、部活のいじめ、教員らの不適切な対応があった。教員への
SOSは受け止められず、誤解されたまま理不尽な叱責をされ、
学校そのものに絶望し自死に至った」
と説明しました。
 尼崎市教育長は、
「いじめへの感度が低かった。遺族への事後対応にも不備があり、
隠蔽と思われても仕方ない」
と認めました。

 19年3月22日付朝日新聞社説は

 「生徒が発するSOSを、先生が見逃してしまう。それどころか、
先生の言動が生徒を死へと追い詰める。
 先生の感覚の鈍さと、事実関係を把握せずに思い込みで行われた
理不尽な指導。二つの事件には共通する問題点が浮かび上がる」
と指摘しています。

 かつて小学校教員だった「全国学校事故・事件を語る会」
の代表世話人、宮脇勝哉氏は
「中学校での教員相互の情報交換や共有については把握していない。
あくまで推測の域を出ない」
と断ったうえで、
「現場は多忙化しており、一人一人の生徒に関してゆっくりと話をする
余裕がないようにみえる。
 職員会議や学年打ち合わせでは、行事や教科指導、研修、進路などが
優先され、いじめなどについては生活指導の一環として話題に出る
程度ではないか。尼崎市は特異な例ではないように思う」
と危機感をあらわにしています。
プロフィール

heppoko runner

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

最新トラックバック