兵庫県立龍野高校テニス部事故を考えるウェブサイト

2007年5月24日、兵庫県立龍野高校テニス部の練習中に倒れ、いまも意識が戻らないリサさん。事故発生とその後の状況について検証し、ともに考えたいと思います。

エンジェルズアーチ、第1回シンポジウムを開催

[ 2017/02/14 15:41 ]
 スポーツ事故の撲滅を目指す「エンジェルズアーチ」(村川弘美代表)が
2017年2月12日、昭和女子大(東京都世田谷区)でシンポジウム
「子どもやアスリートの重篤事故を防止するために!Vol.1」を開催しました。
 当日は全国各地から52名の参加者があり、学校管理下で行われていた
部活動などで発生したスポーツ事故の被害者やその家族のほか、研究者や
現職教員も姿を見せました。
 南部さおり・日本体育大准教授と永島計・早稲田大教授が基調講演を行い、
両氏によるパネルディスカッションに続いて、出席者からの質問に答えるという
かたちで、2時間にわたって活発な議論が展開されました。

 南部氏は部活動について「『自立した健全な人材の育成』という重要な
社会事業を担っている」と定義し、しかし現実には顧問教諭が自らの経験にのみ
依拠する指導メソッドを絶対のものと根拠なく確信していることに加えて、
他部の活動に関心を持たず、指導法に問題があったとしても、これに疑問を
呈する体質が学校にはないとし
「閉鎖的空間で、主観的かつ独善的な指導になりがち」
だと指摘しました。
 これを打開するためには
「部員の健康管理や事務処理などを行うマネジメントと、技術指導は担当者を
分けるべきだ。そうすれば相互牽制できるが、現実には一人の教諭が担っている
ケースが大半のため、不透明なものになってしまっている」
との認識を示しました。

 永島氏は熱中症について、
「血圧や血糖値など、病名を特定する際に指標となる数値が設定されていない
稀有な疾患」
だと位置づけ、
「重症化したら重篤な後遺障害が残るおそれがあり、多臓器不全によって死に至る
こともあるが、現時点では有効な治療法はない。予防・予測のみが有効」
と述べました。
 具体的には生体モニタリングとして深部体温や心拍数を計測し、危険域に達する
前に水分補給や休憩をとらせることが不可欠だとし、
「しかし深部体温や心拍数を継続的に計測できるウエアラブル端末の実用化には、
まだ時間がかかる」
と現状を説明し、指導者の意識改革のため啓発活動を続けることの重要性に言及し
「これは義務化しないと定着しない。スポーツ現場には暑さ指数(WBGT)計測器を
常時設置して環境の変化に注目し、一定の水準を上回ったら即座に練習を中止する
といった配慮が必要だ」
と提言しました。
 WBGTについては環境省の「熱中症予防情報サイト」
http://www.wbgt.env.go.jp/wbgt_lp.php#firstaid
をご参照ください。

 村川代表は
「次回は4-5月に開催すると予定している。スポーツ事故を再発させないため、
私たちのような被害者家族を二度と生まないため、『いますぐやれること』を
勉強する機会を継続して提供していく」
と同会の運営方針について力説しました。
 Vol.2の開催要項については明らかになり次第、当ブログでも発信していきます。
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大分県教委の不誠実きわまりない対応について(その2)

[ 2017/02/10 17:57 ]
 2017年2月5日付大分合同新聞は

 09年に竹田市の竹田高校剣道部員だった工藤剣太さんが練習中に
熱中症で倒れて死亡した事故を巡る訴訟で、剣太さんの両親や支援者は4日、
大分市で県に控訴の取り下げを求める署名活動をした。
 昨年12月の一審地裁判決は、当時の顧問が剣太さんに暴行を加えたこと
などを認め、重過失があったと判断。県に、求償権を行使して元顧問に
100万円の支払いを請求するよう命じた。県は「部活動に携わる教員に
大きな影響がある」などとして福岡高裁に控訴している。
 この日は父親の英士さん、母親の奈美さんら約10人が街頭に立ち、多くの
買い物客や通行人が足を止めて県への要請書に名前を記入していた。
  英士さんは「同じ思いを共有してくれる人がいるのは励みになる。今後も、
県に控訴の取り下げを求めていく」と話した。集まった署名は県や福岡高裁に
提出する。

と伝えています。

 署名活動は5日も行われ、奈美さんによると4日は926名、5日は700名の
署名があった、とのことです。

 また
https://katarukai.jimdo.com/署名のお願い/
からダウンロードして大分県にファクスを送信、あるいは郵送したうえで
工藤さんの手元に届いた要請書は2月9日現在で343枚に達した、とのことです。
 多くの皆さんのご協力に感謝いたします。

 なお、上記記事の
「部活動に携わる教員に大きな影響がある」
という県の見解については、「大分県立竹田高等学校剣道部熱中症発症時
暴行死亡事故裁判を見守る全国支援者の会」が17年1月17日、
広瀬勝貞・大分県知事と工藤利明・大分県教育長に提出した公開質問状でも
「それは具体的には誰への、どのような影響なのでしょうか?」
と問いかけていますが、知事と教育長は17年1月30日付文書で
「県の考えにつきましては、控訴審の中で明らかにさせていただきます」
とのみ記載し、答えていません。

 上記公開質問状には
「大分県が控訴し裁判が継続することが、ご遺族に対しどのような影響、苦痛を
伴うと考えていますか?」
という項目もありますが、広瀬知事と工藤教育長がこれを無視したことは
言うまでもありません。

 繰り返し指摘しておきますが、竹田高剣道部顧問だった坂本忠文氏の行為が
学校の外で市民を相手に行われたものであれば、暴行・傷害致死の現行犯で
逮捕・起訴されてしかるべきものです。
 「学校には安全配慮義務がある。これは大前提である」と文部科学省が明確に
認めているにもかかわらず、坂本氏はこれを順守しなかったばかりか、熱中症で
意識を失って倒れている剣太さんに暴行まで加えました。
 こうした坂本氏の行動を正当化しようとする大分県教委の姿勢は、到底容認
できるものではありません。

 17年1月25日付西日本新聞は、
「教員の部活指導で重過失が認められる前例ができれば、ただでさえ負担が
大きいとされる部活動指導で教員が萎縮してしまい、顧問のなり手が減るという
危機感がにじむ。
 しかし死に追いやる行為が果たして熱心な指導といえるのか。学校内であれば
命を奪う指導でも許されるのか」
と問いかけています。

大分県教委の不誠実きわまりない対応について

[ 2017/02/01 22:55 ]
 当ブログ2017年1月24日付記事の続報です。

 17年1月31日、工藤剣太さんの両親は大分県教育委員会から
文書を受け取りましたが、公開質問状への回答は
「県の考えは控訴審の中で明らかにしていく」
という内容にとどまりました。
 あまりにも不誠実な対応であり、憤りを禁じえません。

 大分県立竹田高剣道部事件について、大分地裁(竹内浩史裁判長)は
16年12月22日付判決で、工藤剣太さんが練習中に竹刀を落としたことに
気付かないまま竹刀を構えるしぐさをするなど、熱射病による異常行動と
容易に認識できたにもかかわらず、当時同部顧問だった坂本忠文氏は
「演技するな」と言って剣太さんを前蹴りし、倒れた剣太さんにまたがって
10回ほど頬を平手打ちした、と認定しています。
 そのうえで、これを
「適切な措置を取らなかったばかりか、状態を悪化させるような不適切な行為に
まで及んだ。注意義務違反の程度は重大であり、その注意を甚だしく欠いた」
として重過失があったと認めました。

 16年10月20日、坂本氏は証人として出廷した際に
「蹴ったのではない。足の裏で腰のあたりを押しただけだ」
と詭弁を弄し、意識を失って倒れていた剣太さんに馬乗りになって繰り返し
頬を平手打ちしたことについても
「気付けが目的だった。自分は暴力をふるったことはない」
と箸にも棒にもかからない弁明をしましたが、判決はこれを一蹴しています。
http://shunichimori.blog130.fc2.com/blog-date-201610.html

 にもかかわらず、大分県が控訴したということは
「坂本氏の釈明が事実であり、正当なものであると立証しうるとの確信が
あってのこと」
と推察できます。

 文部科学省は「学校には安全配慮義務がある。これは大前提である」
と明言していますが、坂本氏はこれを順守しなかったばかりか暴行にまで
及びました。
 こうした行為を正当化し擁護するということは、
「大分県は工藤剣太さんの人権を否定している」
としか思えません。

 剣太さんの母・奈美さんは
「(公開質問状を提出した17年1月17日には)県外からも学校事故・事件の
遺族の方々が大分県庁に足を運んで思いの丈を訴えてくれたのに、大分県
には何も伝わっていなかった、ということがとても悔しいです。
 わずか8行の回答が全てを物語っています。あまりにも誠意がありません!
 より一層、控訴を取り下げるよう訴えていきます。
 そして控訴審が始まってしまえば、真っ向から向き合い闘う所存です」
とコメントしています。

 「大分県立竹田高校剣道部熱中症発症時暴行死亡事故裁判を見守る
全国支援者の会」の代表、村川弘美さんは
「大分県の回答を見ました。残念でなりません。
 学校管理下で起きた工藤剣太君の死に対して全く向き合っていない
大分県の姿勢に、憤りを感じています。
 私たち全国の支援者は、一つも誠実さを感じさせない横暴な大分県から
目を離す訳にはいきません。工藤さんと共に剣太君と子どもたちの為に
闘う所存です」
とコメントしています。

スポーツ事故防止を目指すシンポジウムのお知らせ

[ 2017/02/01 22:07 ]
 熱中症などスポーツ事故の撲滅に取り組んでいるエンジェルアーチが、
以下の要領にてシンポジウムを開催します。


「子どもやアスリートの重篤事故を防止するために!」
日時: 2017年2月12日(日)13:00~15:00(開場12:30)
会場: 昭和女子大学 研究館6階 6S03教室
東京都世田谷区太子堂1-7-57 (東急田園都市線三軒茶屋駅 徒歩7分)

パネリスト:永島計・早稲田大学人間科学学術院教授
        南部さおり・日本体育大学准教授


 資料代500円を当日徴収します。
 終了後懇親会を開催します。参加費は4000円程度を予定しています。
 お申し込み・お問い合わせは、netu.jikobousi@gmail.com(宮脇)まで
お願いします。

 同会は「子どもたちの事件・事故を防ぐために、医学界・産業界・教育界など
さまざまな専門分野をつなぎ、社会全体で連携して子どもを守る活動に
取り組みます」としています。

学校・部活動における重大事件・事故から学ぶ研修会(その3)

[ 2017/02/01 17:26 ]
 「第3回学校・部活動における重大事件・事故から学ぶ研修会」が、
2017年1月30日18時00分から日本体育大学世田谷キャンパス
記念講堂で開催され、学内外から300名を超える参加者が集まりました。
 今回は学外からの問い合わせが200件に達したということで、
いじめ・指導死に対する社会的な関心の高さが示されました。

 いじめと指導死。
 いずれも暴言・暴力によって被害生徒の人権を侵害し、自尊感情を
深く傷つけることで「自分は価値のない、必要のない人間だ」と思い込ませ、
最悪の場合自死にまで追い詰めてしまうという点で共通しています。

 いじめについては、17年1月30日付福島民報「あぶくま抄」が

 「いじめられる側に非はない。なぜなら、この世には人さまをいじめて良い
という道理が存在しないからだ」。福島市の小学校で男性は教壇から教え子の
目を見つめて静かに語り掛けた。教えを受けた身とすれば、40年ほど前の
恩師のまなざしが忘れられない。
 国を挙げていじめ根絶を唱えてはいるが、精神的にも肉体的にも追い込まれ、
命を絶ってしまった子どももいる。わが子を失った父親の言葉を思い出す。
「二度と同じようなことが起きないように私たちの経験を生かしてほしい」。
果たして教訓は生かされているのだろうか。(後略)

と書いているとおりです。

 指導死については、「『指導死』親の会」の共同代表・大貫隆志氏が
「指導の名のもとに行われる教師によるパワーハラスメント」
とし、「指導」には、目的の妥当性・手法の妥当性・結果の妥当性が必要なの
にもかかわらず、
「教師の『指導』を受けた直後に自死に至った事案を検証すると、多くのケースで
感情的な暴言や恫喝、教師の思い込みによる冤罪、反省や謝罪の強要が
浮かび上がってくる。これはもはや虐待だ」
と述べました。
 そのうえで
「子どもたちは間違いながら成長していくものなのに、失敗も逸脱も許さないという
教師の態度に、生徒たちは息苦しさを感じている」
と述べ、教育の名を借りた暴力だと訴えました。

 同会の共同代表・安達和美氏は04年3月10日、長崎市立中2年だった次男が
担任教諭から「指導」を受けた直後、校舎4階から身を投げた経験を語り
「同級生たちに話を聞くと、担任は生徒たちの声に耳を貸さず、日常的に暴力を
ふるっていたことがわかった」
と述べました。
 そのうえで、担任が自らの責任については「わからない」と述べていたことを明らかにし、
「わからないならわからないなりに、一緒に考えてほしいと望んでいたが、これが
叶えられることのないまま、一切の処分も受けないまま、当時の担任はいまも教壇に
立ち続けている」
と、その胸中を吐露しました。

 日体大が16年12月15日付で発行した『スポーツ指導者のためのガイドライン』は
「教師が生徒に体罰を加える時、多くの場合理性的な行動としては行われません。
感情に任せてふるわれる暴力は、コントロールが困難となります。もしそこでの暴力が
原因となって、子どもが心身に深い傷を負ったり、死に追いやられたりした場合、
それでも『信頼関係』の下での『愛のむち』として許されるのでしょうか」
と問いかけています。
プロフィール

Author:heppoko runner
 子どもは社会の宝です。
 なぜなら20年後、30年後の社会を支えてくれるのは彼ら彼女らであり、彼ら彼女らのいのちや権利を粗雑に扱うということは、すなわち日本の、ひいては人類の未来に対する責任を放棄することです。
 そんな無責任な態度は、断じて許されません。
 子どものいのちと権利を守るために、わたしたちはなにをしなければならないのか?なにをしてはいけないのか?
 いっしょに考えていただきたいと思います。

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